父をめぐるわたしの話(2)意識と次元

 

父をめぐる状況が目まぐるしく変化し、ここのところ実家に泊まることが多く、なんだか奇妙な日々です。

わたし自身も、時間の概念というか、「それがいつの出来事だったのか」「どれぐらい前のことだったのか」の記憶というか認識がぶっ飛んでいます。

落ち着いた時間を持つことができないので、これまでと重複する箇所があるかもしれませんが、今日は「意識と次元」の話を書いておこうと思います。

 

 

父に課せられたタスク(平たく言えば病名)は「咽頭がん」です。

3度目の発覚以来、父(および母)が取ってきた対策は、「一般的な西洋医学に基づく処置」です。

これに関しても言いたいことが山ほどありますが、とっとと「意識と次元」の話に進みたいと思います。

 

父の様子が激変したのは、多分10日ほど前かも知れません。

激しい痛みによるものなのか、またはそれを抑えるために投与する薬のせいなのか、あるいは自然とそうなるものなのかはわかりませんが、父の「意識のレンジ」が拡大しはじめました。

それを母親は、

「もうすでに何を言っているかわからない状態なのよ」と言うのですが、一般的な人が「幻覚」と呼ぶそれは、わたしに言わせりゃ

違う次元に意識が行っている状態

なのだと思います。

もとより、咽頭にある腫瘍は、父の、クリアな発声を妨げています。

だから、通常の言葉でも聞き取りにくくはなっている。

そこに、この「三次元の意識」と、「それ以外の意識」の世界を行ったり来たりするものだから、母には何のこっちゃかわからない。わからないのは当然です。

でもわたしには、なぜか8割がたはわかる。

父が話し始めたら、何を言うのか、どんな言葉が続くのか「あらかじめ予測しない」ことが、その秘訣だと思う。

 

 

そこで母に、説明しました。

意識とはスクリーンのようなもの。わたしたちはそれぞれマルチスクリーンの映画館のようなものだと。

三次元の意識=地上の意識では、みんな同じスクリーンの映画を見ているようなもので、

それでさえも、実際はどのシーンが印象深いかとか、登場人物の捉え方は人それぞれなんだけど、少なくとも同じ映画について語ることができる状態。

お父さんは、もっと高度な映画館に行っていて、わたしたちの想像もつかない多様なスクリーンを見ている。

そのスクリーンとスクリーンの間には連続性がないから、自由に移動している。

時間もないから、今の話と次の話が繋がっていないのは当たり前のこと。

想像もつかないけれども、時々わたしたちが途方もない夢を見たりするのも同じ仕組みで、他のスクリーンを見ているけれども他の人には伝わらないのと同じこと。

意識には階層があって、お父さんはこの世の世界と、言ってみればホトケの世界を行ったり来たりしている。行ったり来たりできるのは、そこにまだ階段があるからで、その階段がなくなれば、お父さんはこの世には戻ってこない。

そんな感じなんだよ、と。

 

だから、それを「おかしくなった」というのは失礼なことなので、やめたほうがいい。

わたしたちに見えないだけで、お父さんは確実に見たものを口にしているだけなんだから、「へぇ〜」と言って聞けばいい。

人の尊厳というものを大切にしてほしい、と。

 

 

実際、わたしにはすべてが興味深く、面白い。

父が何を見ているのか、できる限り知りたい。

とてつもないスペクタクル感をもって、父と接しています。

だって、本当に面白いんだよ。

 

 

先週ぐらいには、

はっと目を覚ました父が

「なんだかいろんな人に会ったんだよな」

「へー、どんな人?」

「なんだか非現実的なんだよな」

「歴史上の人物とか?」

「そうそう!」

「へ〜〜!おもしろいね〜」

「おもしろいなあ」。

 

 

そうかと思えば、いきなり

「どんなに狭い空間でも、二つの側に分ける事ができる。こちらと、こちらと言う風に。空間はその2つをうまく使わなければいけない」

と、理路整然と講釈してくれた。

「へ〜〜〜、確かにそうだねー」

「そうだ」。

 

他にも言語化はできないけど、すーごく哲学的なことを言ったりする。

別な次元で遭遇した「ビジョン」の説明が飛び出すこともある。

 

だけど何よりわたしが一番感銘を受けているのは、

このような状態になっても、父はいまだに

ギャグを飛ばす

昔からやっていた、おかしなジェスチャーで笑いを取る

これには本当に、「さすがだな」と思わずにはいられません。

我が父ながら、というか、むしろ逆に、さすがわたしの父だな、と思うのはそんな側面で、

最後の最後にそんな様子を見せてくれて、心から尊敬できる。

人間にとって、最も大切なのは笑いなんだと、身をもって示してくれていると受け止めた。

 

痛みは最悪な苦痛だと思う。

けれど、相反するように、苦痛の中でも「この世の苦痛」から解放されているのだろうと思う。

彼本来の中にある、優しい気持ちや、ユーモアのセンス、

くっだらねーギャグを言ってゲラゲラ笑う様子、

そういうものが飛び出すたびに、この父への感謝が湧き出てきます。

色々とあったけれども、立派な人だったと思う。

 

「あ、これで死んじゃうのかな」と思った局面が何度かあって、

「お父さん、ありがとうね。また会おうね」と伝えました。

「いっぱい喧嘩もしたねー。よくぶつかったよね」と言ったら、父は

「人間が生きているというのはそういうことだから、それでいいんだ」

と言いました。

「そうだよね。またやろうね」と言ったら

大きく頷いていた。

 

 

あー、やっぱり、そういうことなんだなー、とわたしは思った。

 

 

時間が来たので、今日はここまで!

 

読んでくれてありがとう!

 

 

またね!