「格」の違いというもの

 

またまた、超お久しぶりになってしまいました。

相変わらず、ほぼ毎日病院に行き、泊まり、家に帰り、病院に行き、、、という日々です。

この間にもいろ〜〜んなエピソードがあって、全部書いておきたいのですが、時間が取れません。

まーとにかく、どんな本や人に聞く話より、「魂の仕組み」についてこれでもか!というほどの実証を得ている毎日。

いやー、ほんと面白いよ。ほんとすごいよ。

魂というか、人間の生命というか、肉体と霊体というか。

 

ま、そんな訳で引き続き父の件を書きたいところではありますが、今日はさすがに即位の礼の話。

 

そう、即位の礼。

 

連日の台風や大雨で、「浄化の雨」と囁かれてもいましたが、

「その時間」になったらビシッと雨は止み、皇居上空に虹がかかり、富士山も顔を出したなどと言ったら、まるで嘘のような話だよ。

そんな嘘のようなことを、我々はこの目で見た。

すごいねー。

ほんとすごいねー。

 

いやー、なんというか、「すごい」としか言いようがなかったあの儀式。

「平安絵巻」がナウも現役で執り行われていること。

そして「高御座」というものの帳が開けられた瞬間のあの「圧倒的な感じ」。

あまりにも圧倒的だと威圧感とかそういうものとは無縁なんだなー

って思った。

なんというか、他者とは比べようがないんだよ。

そして「お言葉」の時、わたし号泣した。

「なぜ」はなくて、ただ涙が出た。

 

それで、まーあんまりこういうことを言うのもつまらないんだけど、

この圧倒的な感じがますます強調された格好になったのが、悲しいかな我が国の首相との正対で、

あ、もう、存在としての「格」がまるで違うんだ、ということを強く感じた。

あのぼっちゃまが、おじいちゃんの名をかけていくら頑張っちゃっても、どーーーにもならない「格」というものがある。

それは「オーラ」とかそんなものでも、文書を読み上げる声でも、

あからさまに格の違いというのは浮き彫りになってしまう。

なかなかに残酷なシーンだったようにわたしは思った。

 

まー従って、我々クラスだって、どんなに頑張ったところでどーにもならないものがあるわけですから、とりすましたり、何者かに見せようとしたり、そんなもんは所詮ハリボテですね、と思った次第。

わたしは一介のオバハンらしく、正々堂々と生きていこう。このまんまで。

そんな風に改めて思った次第。

 

 

 

そうそう、わたしに関しては、20日が父の誕生日だったの。

緩和ケアに入った折には、正直まさかこの日までもつか、、、という感じだった。

でも前を向かせるために「ちゃんとお祝いをしようね」と提案したら、父は非常に意欲を見せて、めでたく80になることができた。

この間、一旦危篤になったりしてるんだよ?(それもすごい出来事だった)

病院には家族で使えるキッチン付きのサロンがあって、そこで親戚やお友達を招いて賑やかにお祝いしました。

そんなわけで、20日を過ぎたらどうかな?即位式は見れるかな?と思っていたけれど、それもめでたくクリア。

 

まーこの話はまた改めて書きたいと思います。

 

 

そんなわけで、とりとめなく終わります。

 

読んでくれてありがとう!

 

またねー!