もう歳をとるのをやめることにした

さて、ワタクシこと

来月、誕生日を迎え50歳になるのですが。

 

これまで誕生日、つまり年齢をひとつ更新することを「嫌だ」とか「めでたくない」とか、思ったことが一度もなく、誕生日はいつもなんてゆーか、総じて「いいものだな」感をもって迎えてきたわけです。

それで、50っていうかなりキリのいい数字には、盛大にパーティでも催そうかと以前は思っていたものですが、イマイチそんな気分にはならない。

なんでだ?

考えてみたけどよくわかりません。

48ぐらいの時から、歳を聞かれると、めんどくさいから「50」と言っていたので、気分的にはもうとっくに50で2年ぐらい過ぎているってのもある。

目の前にカウントダウンの電光掲示板でもあれば話は別ですが、なんか、別に大したことじゃない気がしていて。

だいたい世の中に「大したこと」って何があるんだろう?っていう悟りなのか厭世なのか、さっぱりわかりませんが、そんな気もしますし。

 

そんなわけでまったく盛り上がらないこの気分。

これは、、、、、、ひょっとして、飽きた、、、、のかも、、、、、、、、、。

何が?って、歳をとるということに。

 

だいたい年齢ってなんなんでしょうかね。

時間というのは、ワールドワイドで、人々の合意を形成できるよう、便宜的に1日は24時間、1時間は60分、、、という具合に決められただけのことで、24時間を365回経たものが1年だとして、だから何だっていうんでしょうか?

だって人間、ちょっとした経験で「10年ぐらい歳とった」ぐらいに感じることあったでしょう。ない?

だいたいワタクシのバーイ、幼少の時からなんとなく老成しちゃったみたいなところがあるし、一方で、いつまでも子供じみた世界を愛してもいるのです。

 

もとより、「アンチエイジング」みたいなことも、「若作り」みたいなことも興味がなく、そりゃ「若々しいね」と言われりゃ嬉しいですが、年相応であればそれで良しとしてきました。

それでアンチエイジングより「グッドエイジング」。熟成肉のごとく、よりよく歳を重ねてうまみが出る、みたいなことの方がしっくりくるなーと思っていたんですが、今はそれすらもほとんどどうでもいい。

つまり、それ(年齢)的なことに関して、飽きてしまったんじゃなかろうかと。

だから決めた。

もう歳をとるのをやめることにした。

ということで、

「ノーエイジング」

ということに、決めました。

エイジレスでもタイムレスでもミラーレスでもなく。(それはカメラ!)

 

もう、いくつでもいいです。いくつに見えようと見えまいと、それはお任せします。あなたが決めてください、的な。

それで、わたしはもう、その時の気分で年齢を決めることにして、毎日を誕生日かのごとく超お祝いしながら生きて行くことにしました。

 

「お誕生日おめでとう」は毎年言われて嬉しい言葉ですが、これからは名実ともに、そう!

本物の「おめでたい人」

になってやろう。

 

この50年間がどうだったのかは、誕生日がきたら振り返ってみようかなと思っとりますが、しないかもしれない(笑)