自分をメディア化することと共感経済

いや〜〜〜〜びっくりした!

ケシーさんかおるさんがご自身のメディアで紹介してくれたおかげで、

ほんと、そこに紹介のリンク一発で

日頃はさざ波のような坂ノ下修道院のアクセスのグラフがいきなり跳ね上がり、まるで津波。

前代未聞の数値が叩き出され、

やだ!そんならもっと売れるもの用意しとくんだった!!!!

と悔やみ、現在ご提供できる商品数の異常な少なさに我ながら気づいた。

我が修道院。

スタート当初から見守ってくれている人はともかく、「素敵だよ〜」って紹介されて訪れた知らない人にとってはアイテム少なすぎるし発信も少ないでしょ!!!

 

 

あまりにもちんたらやってますからね。。。。。

「これからはちゃんと、本腰入れてやりなさい!」という天の声に違いない。

そーゆー意味で、これはワタクシにとっていろんなことを再考するいい機会なんだと思います。

 

 

 

それにしても。

 

共感経済の時代だと思うんですよ。つねづね。これからはますます。

 

ちなみに、

わたくしも随分と長いことインターネット業界の片隅にいて、もちろんインターネット登場以前の「マーケティング」から、ネット登場、SNS興隆〜全盛というこの流れをずっと見つめてきた者でもあります。

モノの売り方/買われ方というのも、いやー、ものすごい勢いで変化してきていて、今や誰でもネットショップなんて開けるし(この修道院がそのいい例だと思います)、それさえも面倒であればFacebookで直接商品を売ることだってできる。

お金をやり取りする決済ツールだって今や色々とあります。

要するに個人がどんどんプチ商いから始められるようになった。スタートのハードルが限りなく低くなったのです。

ブログや各種発信ツールを駆使して、自分の思いや売り物の特徴を自由に伝えることができ、それに共感する人が、その商品やサービスを買ったり、支援したりする。

実に素敵な時代だと思います。

 

 

それで。

今回のケシーさんの一件で思ったことがあります。

人は誰でも自分をメディア化することができます。

ツールは揃っているのだから誰でもできる。なのに、何故しないのか?

もちろん、優れたメディア(たくさんの良質な読者が付いていたり、発信記事が秀逸だったり)になるには、それなりの頭脳やテクニックがいることは確か。

でもそれ以上に大切なのは「正直になる」ということなんじゃないかなと。

正直さというのは、つまり、自分自身に対しての正直さです。

自分自身が体験したり、感じたりしたことに対する真摯な向き合い力、そしてそれを開示する勇気です。

わたしたち人間は一人一人が「おもしろいコンテンツ」であり、実は正誤なんてないのです。

無理に誰かの共感を得ようと狙って言葉を発するのではなく、本当にそう思っている、という「本物性」が共感を生む。

何かを「狙って」いる限りそこには嘘がつきまとうし、嘘を内包している限り人間はしんどさを抱えてしまう。

それに、正しいのかな、間違っているのかな、を気にしている限り、右にも左にも進めません。

だって人生に正解なんてないんだもん。

 

 

それと、じゃあ、自分をメディア化するメリットって何なのか?

そう、その一点を今回、つらつら考えました。

ワタクシのバーイは、自分が有名になるってところがゴールではない。

しかしなんらかの影響力を持たない限り、「こうだったらいいな」と思う活動には届きません。

ゴールは一言で言えば、共感(もしくは共感経済)の連鎖を作るってことなのではないかと。

自分が有名になる=一人勝ちできればいい、という発想だと仮定すれば、そこに興味はなく、

わたしが目指したいのは、「いい波動の連鎖を作る」ということに他なりません。

今回、ケシーちゃんが紹介してくれただけで、数千人の人にこの修道院を知ってもらうことができた。

それは最大瞬間風速的なものですが、もし、わたしが紹介する誰かのところに同様に注目を向けさせることができたら、それは良い連鎖。

しかし、現状ではそれを実現することはできません。

 

 

あーーーー、そっか、そうなのか(自分で納得した声)

 

だから、「別に有名になりたいわけじゃないから」みたいなのは、有名になったその先のことが考えられていないセリフなのかも知れない。

「お金が欲しいわけじゃないから」もそれに似ていて、
(たくさんお金を持った先のことを考えたら、お金を持つことが悪いわけではなく、質の良いお金の使い方ってもんがあるのに持つ前から否定するバーイの例)

比較的近視眼的な物の見方なのかも知れないなー。

 

わたしたちは一人一人があまりに小さい存在だと決めつけて過ごすより、「もし大きなチカラがあると仮定したらどうしたい?」ってところから考える方が楽しいし、その方が目の前の余計なことに煩わされずに済むというものです。

そして、今までなんとなく、「大したことはできない」って無意識に思っていたわたしたちも、実際は大きな力を持っていることを自覚すべき時代だと思うのです。

 

 

自分をメディア化する。

はからずも、先日、友人の食育事業について一緒に考えていた時、この言葉を伝えたのです。

「勇気を持って開示していきなよ。絶対伝わるよ」

 

なんだ。それ、わたし自身についても大いに言えることなんだ。

いや、別にこれまでの修道通信で、何かを偽ってきたことは1ミリもなかったんですが、ゴールについての設定は甘かった。

 

わたしにとっての「ケシー効果」というのは、そこに気づかせてくれたこと、でした。

こういう刺激をもらえる人との出会いは本当にありがたい!

 

 

てことで、皆様今後ともよろしくお願いいたします♡