旅の記憶(3)ルルドの泉と「ゆだねる」ということ

みなさまこんにちは!相変わらずムシムシ暑い日が続いていますが、それでも時折、秋の風になったなーと感じる瞬間がありますよ。

立秋を過ぎたらやっぱり秋なんですね。

 

さて、旅の話。

もちろん今回の旅のハイライトが「ルルド」でした。

>>ルルドってなに?という方もいると思うけど、その説明はGoogle先生にお任せして、わたしの話は進みます。

 

そもそも、ルルドには以前からいつか絶対に行きたいと思っていました。

でも、「いつかじゃない、今だ!」と思ったのです。それが5月も末のこと。

今行くべきなんだ、と閃いて、それから大慌てで旅をアレンジした次第。

今年は何か、自分にとって節目となる年だと思ったので、もうこれ以上先延ばしにする意味がない。行きたいと思う場所には行き、やりたいと思うことはやらないと、人生はそんなに長くはないのです。

直観はすべて正しい。
ですから自分に訪れた「直観」にすべて委ねて、それが良いとか、悪いとか、そういうジャッジはすべて手放すことにしています。

 

さて、ルルドには先日お伝えしたように、ボルドーからTGVで向かったものの、列車内に幽閉され、ルルド駅到着が深夜の1:00近くという大波乱。

さすが聖地巡礼とは、そう簡単にいくものではありません(笑)

深夜なのでタクシーに電話するも出ず、荷物を引きずりながらしぶしぶ歩いて宿まで向かい、宿に着いたタイミングで大雨が降ってきました。

 

翌朝は快晴。

わたしたちの宿はサンクチュアリ(聖堂のある敷地)のすぐ脇を流れる川の対岸で、朝、外に出たら、ここの空気の澄み方が、なんとも言葉で言えない、これまで経験したこともない特別なものだと感じました。
聖地特有のものなのか、それともピレネー(フランスとスペインを隔てる険しい山脈)特有の気圧によるものなのかはわからないけれど、普通ではない澄んだ空気がそこにありました。

無理やり喩えて言うと、、、、

伊勢内宮で、宇治橋を渡って、進んだ奥に、五十鈴川のほとりに降りられる場所があるじゃないですか。(今検索したら「御手洗場(みたらし)」というらしい)
あそこって、めちゃくちゃ清々しくて、なんかこう、確かに不浄なものが洗い流されるというか、禊の場というか、清らかなことこの上ないって感じるんですけど、ルルドの聖域は、あれを10倍ぐらいにした感じの清々しさ。

どだい無理な喩えですけど(笑)

 

 

この雲の感じわかりますか?

 

 

さて、ルルドは今年がマリアさまの出現160周年という、いわば新しい教会だからか、マリアさまの命令によって建てられた教会だからか、権威的な香りが一切しません。

わたしは個人的に、歴代の「偉い教皇」とか「偉い司祭」とかが権威的に祀られているような教会に対して、なんだかちょっとした違和感を持ってしまうのです。

 

ここに集まる人のほとんどは必然的にカトリック教徒で、現代医療に見放された重篤な人、その中には自力で歩けずストレッチャーで運ばれる人や車椅子の人、また発達障害や外傷、内臓、精神、つまり目に見えようが見えまいが、あらゆる疾患や障害に苦しむ「病人」であったり、彼らをサポートするボランティアだったりします。

彼らは「泉」に真剣な治癒を求めて訪れるのです。そのことはきちんと理解しておく必要があるかとわたしは思います。

そして、それ以外にもここを訪れる人はまた、カトリックであろうとなかろうと、また、病気や人生における困難の治癒だけではなく、健康な人も、それぞれいかなる目的のためだろうと、「聖母マリア」の呼びかけの元に集まってきた、という極めてシンプルで明白な動機に満たされています。

そこに、素晴らしい連帯感が流れていて、この「感じ」は、わたしはこれまでの経験で、どこにも感じたことのない、言いようのない素晴らしいものでした。

それに、ものすごい数のいわゆる病人が集まっているのに、エネルギーは一様に軽く、とっても明るいのです。悲惨なもの、重苦しいものを一切感じることがありませんでした。

 

ですから奇跡の泉の水を飲んで、「効果」が「あった」とか「なかった」とかは、少なくともわたしにとって一切どうでもいい話です。

というか、正直、「ルルドは素晴らしかった」以外に、わたしは表現する言葉を持たず、無理に陳腐な言葉を書き連ねても、単なるルルド訪問記のようになってしまうなら、別に書かなくてもいいやと思ってしまうのです。ネットを探せば他の方の体験談は出てくるでしょうし。

 

下の写真は「洞窟」を撮ったもの。

素晴らしい光がマリアさまの像を通過しています。すごいね。

聖堂はこのように洞窟の上を覆うように建てられています。その中では、時間帯ごとに、各国語でのミサが行われ、その音声は外部にもスピーカーで届けられます。

 

さて、ルルドでわたしが絶対にしたかったことは「沐浴」です。

これは泉の水が溜められた「浴槽」のようなものに全身浸かる、という、言ってみれば洗礼に近い儀式ですが、何をおいてもそれだけはきちんと受けたかった。

希望者は沐浴を待つ長い列に並びますが、手際よく処理されていくので、そんなにじれることはありませんでした。また、列に並ぶ人たちは皆真剣ですので、イラついたりふざけたり、文句を言ったりする人は皆無でした。

ここでも「何をするのか」「何が起きるのか」は事細かに書くことは避けますが、それぞれの「ブース」に通されるとき、希望する言語を聞かれます。

わたしはイタリア語を希望して、イタリア語を話すスタッフがいるブースに通され、彼女たちの指示に従ってことが進みます。

着ているものを全て脱ぎ、ガウンをかけてもらい、順番を待ちます。

わたしの前は、やはりイタリア人の女性でしたが、彼女が水から上がってきた時、目に涙を溜めていて、わたしも声がけしたのですが、言葉にならない様子でした。

わたしの番になり、儀式の詳細は書きませんが、これを終えた瞬間、わたしは「すべて委ねる」ということを身体を持って味わったんだと気付きました。ほんの一瞬の出来事です。

やはり涙が一気に溢れ出て、水から上がる時には号泣でした。

多分、そんな人ばかりなのだと思います。スタッフの女性たちは慣れていて、みんな代わる代わる抱きしめてくれ、Buon pellegrinaggio! と言葉をかけてくれます。

無理やり訳せば「良い巡礼をしたね!」という意味ですが、わけもなく心に沁みて、さらに涙が出てきます。

この、わけもなく涙が出てきて止まらない現象というのを、わたしは過去にも経験していて、それは学生時代に訪れたトレド(スペイン)での出来事でしたが、その時の同行の友人と、「どう考えても不思議で、生涯忘れることができないこと」としていまだに振り返ることがあります。

それが「何」だったのか、無理やり理屈付けする必要はないので、これに関しての結論はありません。

沐浴を受けたからといって、誰にでも起きることでもないとも思います。

ただ自分はそういう経験をしたことと、大きな気づきを得たことだけ、記しておきます。

それと、もう1つ、人間はときどき号泣することが必要なんだと思います。

嬉しくても悲しくても、ありがたくても、そこにある感情の種類はどうでもよくて、ただただ涙を出るに任せるという状態。

その状態になると、余計な理性は入り込む余裕がありません。余計な理性とはつまり、ジャッジメント(委ねるの反対)です。

涙を流すことでしか、浄化されないものもある、と思います。

沐浴はわたしにとって、その扉を開いてくれるものだったのかもしれません。

 

夜はろうそくを手に、みんなで行進する時間。

これも、マリアさまが出現した時に、そうするように言ったことを、みんなが守っている。

みんな自分の国の言葉でロザリオの祈りを唱えながら、中庭を神聖な気持ちで歩きます。なんと平和で素敵な時間。

 

あーー、だけど思い出したのですが、この時にあまり愉快ではない光景がありました。

わたしたちの後ろに、日本人の家族がいたのですが、行列の最中、ずーーーーーーーーーーーーーーっと、本当にずーーーーーーーーーーーーーーーっと、ベラベラおしゃべりいていた、、、、

真後ろですから、何を話しているのか全部聞こえていて、つまりその人たちは、これが何を意味しているのかとか、もっと言えばルルドがどういう場所なのか何も知らない。それで、物見遊山的に参加して「なんなのこれ?」ってずっと言ってる。

そのうち、子供の学校の話とか、それで爆笑したりとか。そんな人たち、この場のどこにもいないわけです。

ま、知らないで参加することは特に問題ではないと思うのですが、周囲を見たら、ふざけた場ではないことは明らかで、それはいかに日本人に宗教観が希薄だと言っても、例えば「お葬式や何かを追悼したりする場面で爆笑したりしますか?」って話だと思うのです。

広島や長崎の原爆関連式典で、外国人が知らないからと言ってふざけていたら、わたしたちはちょっと愉快ではない。

、、、と思ったら、なんだかいやな気持ちになり、一言言おうかと思ったのですが、逆に他の国の人たちはそんなことに気を乱されず、みんな一心不乱にお祈りをしている。わたしもそんなわずかな外部要因で自分の上機嫌を乱されても仕方ないので、意識の外に放り出すことにしました。

ジャッジしない。勝手にさせとく(笑)外的要因に左右されているうちはまだ未熟ですね(笑)

 

そういえば。

ルルドには3泊して、4日目の午後、駅に向かうと、そこはつまり「下界」で、

あれ?この駅に着いたのって、わずか3日前だよね?と。

なんだか3年ぐらい経過したような、不思議な感覚がありました。

やっぱりあそこは、ちょっと異次元というか。この世の楽園みたいなところでした。

 

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【イベント告知】

友人が、ルルドの体験を含めた茶話会を企画してくれることになりました。

ここには書かなかったことも、お喋りならできます。

9月5日の夜、都内某所です。(今決まっているのはそれだけ)

ルルドのお話も、単にお喋りしたい方も、またはアクセサリーのご注文希望の方も(笑)

お時間があればどうぞ来てくださいね!

詳細はまた!