いいんですか、悪いんですか、ってねえ、、、、

「マイレボリューション」の話はお休みしまして、

今日は、某所で出会った女の子と話していて、ははーん、と思うことがあった。

 

 

「いわゆるスピリチュアル」みたいのが好きな女の子だった。

 

 

いろいろ話すうちに、その子から

(ある特定の状況で)「どうしても悲しくなったりしちゃうんですよね」

「やっぱり凹んじゃうんですよね」

みたいな言葉が何度か出てきて

 

あーーーーー、、、、、

と思った。

 

 

あるある。こーゆーの、非常によくある。

 

 

なんかさー、みんな勘違いしてると思う。

 

 

まるで凹んだり悲しんだりすること、いわゆるネガティブなこと一般が

悪い(よくない)

と思っている。

 

だから排除しようとしている。

 

 

はぁ?と思ってしまいます。

 

 

だいたいさ、「いい」「悪い」みたいなの、もうやめようよ。

つまり全て「どっちでもない」からさ。

 

 

あのねー、わたしらホモ・サピエンスとして生きている限り

悲しんだり凹んだり怒ったりは

避けられません。

だって、生きてるんだもん。

生きてるってそういうことだもん。

生きてる限り感情が動く。

 

 

その動いた感情を、意味付けしているのがあなた自身。

 

 

 

仮にこっぴどく傷ついたとしても、

そっからどう立ち上がって、何を学んで、何を生かすのか。

そこしかない。

 

 

ほっといたら、人間、その日がどんなに苦しくても

ただ単に生きるようにできている。

そこが辛いところでもあるし、ラッキーなことでもある。

 

 

それで、ある時

あれっ?

って、過去を振り返った時

あの経験で、自分たくましくなったなー、とか

あれを契機に視点が変わったよなー

みたいに思えるなら、

その時こっぴどく傷ついたってことにこだわる意味はひとつもない。

 

 

その時は、傷つく必要があったから傷ついたってだけのことで

なんで傷ついたのかなーって考えて考えて、考え抜く以外にないと思うよ。

「傷ついたこと」を一生大事にするか

「傷ついた事案」として多角的に物事を見るのか

好きな方を選んで、なんとなく結論めいたものを都度都度出せばいい。

 

 

その時

「相手が悪い」だけに固執するのか

「待てよ、これは学びなんじゃないの?」って発展させるか

好きな方を選べばいい。

選ぶのは自分。それは自分の自由。

 

 

どっちを選べばいいんですか?

みたく考えるのはやめようよ。

人に聞かないで好きな方を選ぼうよ。

人生は、選択でできてるんだから。

 

 

それで、都度都度出してた結論を、

時々振り返って観に行けばいい。

今感じていることと同じかどうか。

まだ、相手が悪いと思っているのか、あれ?そこじゃなくてー、ってなってるか。

 

意外とね、最初の結論と違ってることがある。

違ってたら、自分の視点が、視座が変わったってこと。

新入社員と、入社3年目と、マネージャークラスでは見えてる景色が違うのは当たり前

それとまったく同じ原理。

 

それを「ネガティブだから忘れる」「なかったことにする」みたく考えてる限り

同じところをウロついて、一生どこにも進めません。

 

 

神社に行っても、何も変わらないよw

同じ視点でいる限り。

 

 

スピリチュアル本も、読めばいいってもんでもないでしょ。

てかむしろ、読み過ぎてない?

で「どっちが正しいんですか?」みたくなってない?

 

 

「正しい・正しくない」「いい・悪い」

そこがすべての間違いの始まりだってば(笑)

 

 

ちょっとねー、「いいこと」ばっかり求めすぎても、なかなかキビシーと思うよ。