わかり始めたマイレボリューション(3)

マイレボリューションの続きに戻ります。

 

これは、完全に自分のために書いている。自分の結び目を解く作業。

だけど、もしかしたらこれを読んだ誰かが、

その人のマイレボリューション

に繋がる何かのヒントを、もしかしたら、受け取ってくれるかも知れない。

そうだったら嬉しいなあ。

 

<よかったら読んでね>

わかり始めたマイレボリューション(1)

わかり始めたマイレボリューション(2

 

 

前回からの続きで、

どうして今までそれをしなかったのか、

と考えたときに、

わたしは自分にも、まだ結び目があったんだ!

ということに気づいた。

 

 

コートを着ている

という表現の方がいいね。わかりやすいと思う。

 

 

大前提として、人はとにかく、みんな、アホみたいな枚数のコートを着込んでいる。

無理やり着せられたものも多いし、好き好んで自ら着たものもある。

それらのコートは、ものすごく重い鎧となって、その人を包んでいる。

その鎧によって「守られている」と勘違いしているから。

というのは、そういう風に(勘違いさせるように)できているのが世の仕組みだから仕方ないことで、人生はそこに気づくか気づかないかのゲーム。

 

で、守られている=自分自身が保たれているという勘違いとは裏腹に、残念ながら鎧の重さで人は守られるどころか身軽さを失ってもいる。

「身」もそうだし、「心」もね。

重くて、重くて、どこにも行けない。

それで、たいていの人は、ほんとうの自分自身がどこにも露出されないまま、生きている。

そして生きていることは本当は戦いなんかじゃないはずなのに、「鎧」が必要だと思っているから、戦いの方からやってくる。

本当は敵なんかいないよ。

 

 

このコートにはいろんな種類があって、

簡単に脱げるものもあれば、年齢とか経験とともに勝手に脱いでた、みたいなものもあるし

逆に一枚脱いで別なコートを着込んだりもする。

 

いちばん厄介なのが、最後の最後に出てくる、本人も着ていることに気づかない超軽量のボディスーツ型で、

ま、ボディスーツだけに、人の手で脱がすことはけーーーーっこう、大変なわけですね、合意がなければ(笑)

いや、合意があっても、まあ、大変なわけですよ。

最後は自分で脱がないと脱げない仕組みなのがボディースーツというもの。

だけどやっぱり脱ぎたくない、みたいに心が抵抗するわけだ。

体型がバレるのが怖い、という。

 

 

しかしね、その先にあるのが「完全な」自己肯定

なわけですよ。

 

 

完全な自己肯定とは、

ボディスーツを脱いだわたしのお腹は出ている。

それは事実だ。

しかし、それがわたしだ。

そしてこのわたしは美しい。

 

 

まあ、そんな感じ。

(この例え、超うまいと思う)

 

 

なので、

隣のオバハンのお腹よりはマシだから

みたいな風に、誰かを引き合いに出して自分を納得させる

というのは、違うわけです。

 

 

これができると、

逆に、それまで気にしていた、隣のオバハンの腹の出具合も

愛おしく感じるようになります。

愛おしくはないまでも、そのまんま見つめて

おー!あなたもわたしも美しいね

と言えるようになる。

例え、そのオバハンのお腹に手術の傷跡があろうとも。

 

 

コートを着ているうちは

見せないし、見えない。

 

 

だから何かと、

わたしのコートはエルメスよ(良い→自慢の方向、もしくは失うことへの恐怖とか)

あるいは

わたしのコートはエルメスじゃない(悪い→卑屈の方向、もしくは対抗心とか)

みたいな話になる。

 

 

 

ごめん、わたし例え話を始めるといくらでも出てきて

止まらなくなるのでここでやめときます。

 

 

 

それで、

わたしは、このコートの原理とでもいうべきもの

つまり人を苦しめているのはコートで、

人生はコート脱ぎゲームだってことを発見してから

この5年間ぐらいの間に、ものすごい勢いで

コートを脱いで脱いで脱ぎまくってきたと思う。

気分良く脱いだものもあれば、脱がされたものもある。

そして、一旦脱いでしまえば、着ていたコートのことはすっかりどうでもよくなってしまう。

 

 

おかげでものすごく身軽になり、そう身が軽いし、心もめちゃ軽い。

とにかくほとんどのことが気にならないし、「嫌なこと」は非常に少ない。

どんどん「どうでもいいことフォルダ」の中につっこんでいくものが増えたら

自分の好きなこと、の濃度も増した。

その結果として、修道院があるし、修道院の仕事はとっても嬉しくて幸せなこと。

 

あ、ついでに言うと、過度の脂肪も一種のコートだよ。

 

わたし、40ぐらいからどんどん太って、この3年ぐらいで、元に戻った。

だからデブというものがどういうことなのかも、体験的に知った。

いい勉強だった。

 

 

だけど、それでも、

まだ着ていたコートがあったんだ

ということを、リアル観音さまに会って、よくわかった。

.

 

 

 

今日は例え話で終わっちゃった。でも疲れたからここまで。

 

読んでくれてありがとう!

 

 

>>続く