自分自身でいることに許可も資格もいらない

昨日、ご注文を受けたお客さまに業務連絡があってメールしたら

夜、返信があって

「さっき長崎のキリシタンについての番組見て、メダイが紹介されていて

坂ノ下修道院を思い出してたところ!メダイのネックレスもいいなー」

といただいた。

 

わたしもそれ見てたから、「見てた見てた!」とメール何往復か。

 

単に用件のやりとりだけじゃなくて、ちょっとした会話に発展するってすごく嬉しい。

だって会ったこともないんだから、単なる店舗(ヒトの気配を感じない)だと認識されても

なんらおかしくはないのに、多くのお客様が画面の向こうに「わたし」という修道院を

感じてくれている。

こーゆーのがわたしには特別素敵なことに感じる。

だって自分がAmazonで買うものにそんなこと感じたことないもんねえ。

 

 

ところで話がスライドするけど

これが、もはやすでに時代の遺物のように感じられる「メール」というツールじゃなくて

メッセンジャーとかLINEだったらもっと気軽にいけるよね。

いつか「LINE@」をやろうかと思ったが、いまいち反応なかった!

サイトをリニューアルしたら、それも含めてちゃんと整備していこうと思う次第。

 

 

それで、メダイに戻るけど

こーゆー、わたしが「わぁ♡」って純粋に感じる、人とのコミュニケーション。

これもマリアさまによってもたらされたものなんだなあ。

この修道院でマリアさまのグッズを扱っていることで

人との素敵な接点=縁がつくられている。

マリアさまの恵みに、ありがとう!って思う。

 

 

これ、マリアさまサイドから見ても、メリットになってると思う。

これまで関心がなかった人たちの心にタネを蒔くこと。

その人の中になにがしかのアレが芽生える。

 

人によっては、さらに深い関心を持つかもしれない。

わたしのように、太い糸の繋がりを感じる人だって出てくる。

 

糸の太さはそれぞれでも、とにかく糸がつながることが大事で、

それはマリアさま的にも素敵なことだから、お互いにイイ!

ダサい言葉で言えばWin-Win(死語w)

マリアさまだって忙しいから、こうやって仲介役を置いているんだと思う。

 

 

それで、すごく真面目に

わたしが言いたいのは、

もう宗教はいらない(だけど信心=信じる心は、いる)

ということで、

宗教というものの存在が、

これまで人と人を分断し、人同士に優劣や憎しみ、善悪の意識を植えつけたり

そして「聖なる旗」をヒラヒラさせては、

それを信じてる者を弾圧したり

それを信じてない者を弾圧したり

どっちが正しいとか、どっちが優れているとか

禁止してみたり、許可してみたりとか

罪を被せてみたりとか、罪を許してみたりとか

地獄に行くよとか、やなことあるよとか、ろくな死に方しないよとか

脅してみたり

あらゆる洗脳を施して、あるいは本当に虐殺して、

それを正当化するためのツールだった

(だって、それは神がやってるんじゃなくて人間がやってきたんだよ!=すっごい重要これ

という歴史の事実を冷静に見て、

だからといって、その過去の事実(実は今も行われてる)に対して

ムキになって嫌悪したり、あるいは擁護したりするでもなく、

単に、そこには乗らない。

 

淡々と、それはもういらない

新しい時代になってる

ということをわたしたちが勝手に、腹に落とせばいい。

許可も資格もいらないんだよ。

 

信心はいる、といったのは、

信心=信じる心=何を信じる心?

それ、とにもかくにも自分を信じる心

だよ。

 

 

みんな「宗教」と「信仰」を混同していて、

それは絶対的に違うものなのに、

ごちゃっとした概念の中に入れてきたのが今までの世界。

 

わたしたちは、そこからサクっと抜け出して、ハイさよなら。

自分の足で階段を一つ登る。

新しい時代、神と「ダイレクト取引」の時代に入ってることを

確信したらいい。

神に対してみんな個人アカウントを開設する。必要ならチャットも可能!

 

だって昔は、「神の声を聞いた」って言ったら異端裁判で火あぶりだよ。

ジャンヌ・ダルクもそうだった。

ヒルデガルトだって、めちゃくちゃ非難されて、すんでのところで助かった。

特定の「エライ認定」された人しか神の声を聞いたら「いけない」ってことになってた。

だけど、今やそこら中に、チャネラーとかたくさんいる。

予言する人いっぱいいいる。

エネルギーの色とか見える人たくさんいる。

極めつけは、実際歩けなかった人を歩かせるようにするドルフィン先生みたいな人もいる。

 

それでどうやら神というものの概念も、

だんだんと核心に近づきつつある、今日この頃。

 

この意味を考えることだけが、これからは重要になってくる。

「すべての分離」を意識し、分離のトリックに気づいて、

すべてのアホくさい苦しみを自ら大切にすることに、終止符を打ちまくる。

 

 

新しい時代だっていうのは、世の中を見てたら具現化されてるからわかるよ。

ピラミッド型をしているものは、もう機能しない。

ジャニーズの騒動(興味まったくないけど)もそう、

どっかの大学のアメフト部もそう、

貴乃花の問題もまったくそう。

 

もう、組織の中で自由を奪われて、「組織のために」っていう聖なる旗のヒラヒラに

もう無理!もう意味ない!

俺らなんのために生きてるの?

あたしらそれで幸せなの?

そこに気づいた人が勇気を持って声を上げる。

 

そこにいれば儲かるよ

そこにいれば一生守られるよ

 

そんなこと、知るか!

って階段を一歩登ったやつが、本当の人生を生き始める。

それがその人たちの「マイレボリューション」だよ。

神、そういう人たちに気分良くボーナスあげる。

そんな仕組み。

(だけどボーナスはお金とか、自分の知覚できる意識で望んでいるものとは限らないよw)

だから個人の時代というよりも

個人と糸で繋がった神とのコラボ時代。

 

 

だからね、

嫌なものは嫌!

それでよし。

 

善悪を裁くのは、神の仕事。

もしかしたら、彼は裁くということさえしない。

ともかく人間に任された仕事じゃない。

人間は、自分が気分イイことを追求しよう!

命の炎を燃やして生きること。

 

 

 

 

 

読んでくれてありがとう!

みんなの「マイレボリューション」が、どんどん加速しますように!

 

あ!

修道院のパンとトートバッグ

よろしくね〜〜〜!!