MR1:マイレボリューションとは一体何か

こないだから「マイレボリューション」が修道院用語として(笑)すごくホットです。

そして、あちこちでマイレボリューションを起こしている人たちを見かける。

超最近では、「幸福のナントカ」という組織の長男くんが、自分とその組織とは無関係だ!という宣言を、

堂々と自分の言葉でさらけ出してた!

「その組織」や「そのトップ」の批判ではなくて「その人たちはあくまで彼らの自由だ。そして俺は俺自身の話をする」というスタンスで終始一貫しているのを見て、この人大したもんだわ、立派だわー!と思ったのでした。

そして堂々と自分の夢や取り組みたいことを語っていた。

この自己開示こそマイレボリューション!

* * *

 

それで、わたしは決めた!

みんなのマイレボリューションを進めるために、

わたしは自分に「見えている」こと、手応えを感じていることを、わかるように伝えていこう。

だけどどうしても舌足らずになるでしょうから、何度も何度も繰り返し伝えていこうと思います。

(自分の表現力を磨くためにもイイ!)

 

 

この理由は激烈に単純で

マイレボリューションを遂行している人の方が、

話したり、一緒に過ごして、わたしが「楽しい」からです。

一緒に過ごさないまでも、それこそSNS上のやりとりだけでも、気分がいいし面白い。

(例の長男くんも見ていて気持ちが良かった)

 

 

今、世界は、たった2つの区分で分かれています。

それは、

「マイレボリューションを遂行している人の世界」と「マイレボリューションとは無縁な人の世界」

だと、わたしは捉えています。

 

* * *

今日は、

じゃ、そもそもマイレボリューションて何よ?

て話をします。

 

ややこしさを全部排除して一発で言うなら「魂の解放」です。

 

本当の意味での「目覚め」とか「覚醒」とか、そんな言い方でもいいかもしれない。

 

これまで「自分」だと認識してきたものは、本当にあなたの魂が望む在り方なのか、

あなたがわざわざ「形を持つ存在」として地球に存在しているのはどうしてなのか、

そんなことを知った上で、

「わかった。それで、じゃあ、この現世をどう生きようか」

という、「確信に満ちた自分」に出会うまでの、

「自分だけの自分革命」。

それは完全に個々の取り組みです。あなたという「個」の話です。

 

* * *

 

マイレボリューション遂行組と、無縁組というこの2つの世界で、

前者は、その革命の進み度合いに違いこそあれ、

個の取り組みでありながらも、みんな1つのストリーム上にいます。

これは、進んでいる人が偉い、とか、優れている、とか、

そういうことではありません。

そもそも、そういう概念は最初から必要ないのです。

ただ、手引き役、ガイド役がいるだけで、教祖は必要ありません(=これ大事)。

 

後者に関しては「革命前夜」というだけで、

いずれ(いつかはわからないし、現世かどうかもわからない)マイレボリューションに向き合わざるを得なくなってくる。

今は隔たりがあるというだけで、どうせ時間の問題なんじゃないか、

要するに、早いか遅いかの問題だけという気もしますが、

単純に、解放されていない人はいつまでも苦しい。

 

だったら、どうせ乗るなら、混んでる電車より空いてる電車。

(この例え違うかもしれないw)

早く乗れば早く着く。今乗る電車には座席があるよ、みたいなことかもしれません。

(この例えやっぱり違うかもしれないw)

 

* * *

ともかく、

わたしはすべての人にキラキラしていてほしいと本気で思っている。

魂の本質はキラキラなんです。

それぞれが、その人の本来あるべき振動数を取り戻して、

つまり自分の「魂の素顔」とでもいうべきものを見つけて、その美しさに気づき、

取るに足らないことで自分の価値を手放しで認められなかったり

過去のイヤな経験にいつまでもこだわったり、

やりたいことや言いたいこと、表現したいことを諦めてしまったり

誰かに遠慮して本当の自分を解放できていなかったり

あるいはいちいち人や外部のせいにして自分の真の姿を見ることを避けたり

ということが、ゼロになればいいと思っています。

 

 

それは、はっきり言って

そういう方が増えた方が、わたしにとって楽しいから。

そういう人たちで構成される社会の方が、楽しいに決まってる。

そして、「楽しい」と感じあえる人同士が集まったら、

この世の中で実現できることの可能性は爆発的に飛躍していくと思っているから。

という、わたし個人にとって好ましい状況を作りたいんだってことに尽きます。

 

 

念のため、しつこく言いますが、

わたしは教祖になりたいわけじゃない。そんなものはわたしが好ましいと思う世界に必要ない。

それに、わたしに「特殊な能力」があるからといって、あなたより優れているとか、そういうことでは一切ない。

もしそういう風に受け止めるなら、あなた自身が人を優劣で見る癖を手放せるかどうか、考えてみてください。

 

だから、この電車に乗ることに少しでも関心があるなら、空いてるうちに座ろうよ、ということを言いたい。

* * *

 

それで、まずとにかく「無条件とは何か」に目覚めてください。

本当のチカラは、そこ(ゼロ)にしかありません。

 

無条件は言い換えれば、「固定観念」とか「既成概念」といってもいい。

一体、その常識とされているようなものごとの「捉え方」は、本当に本当なのか?

いつ、誰が言い出したことなのか。

そこにちょっとした疑いを持つことから始めてみてください。

 

この「無条件」が完璧に腹落ちしていないと、

引き寄せもへったくれもありません。

悪いものを引き寄せた時に途方に暮れてしまいます。

 

それから「いい人」である必要は全くありません。

生きることのゴールは、人に「いい人」だと評価されることではありません。

無条件にものごとを見れば、いい人も悪い人も、そもそもいないのです。

 

 

 

てなわけで、次回の「MRシリーズ」では「無条件」の話をしようと思います。

 

 

 

読んでくれてありがとう!

またね!