お金、この不思議な存在について(2)

 

お金、この不思議な存在について(1)

の続きでやんす。

 

 

じゃ、今日はね、「わたしとお金」について話してみようかな。

 

 

と思ったけど、

 

それより先に、わたしが「発見」したことについて、急いでいい?

わたしさ、超せっかちなものでしてw

 

* * *

 

あのね、奇妙だなと思うことのひとつに、

みんな、人のお金の使い方を批判するのはなぜ?

ってのがあるの。

 

で、それを考えたらひとつの「設定」に気づいたの。

 

* * *

 

わかりやすい例として、あの件を思い出して欲しい。

某社の社長が月に行くって発表した件。

 

そのニュースにさ、SNSでは、やんややんや、すごい否定的な意見が並ぶわけよね。

 

なんで?

って思ったの。

 

ま、「SNSのニュースにコメントする人」ってのが、まあ、わたしに言わせりゃ「ある種の人種」、

つまり不満のタネをわざわざ見つけに行って、不満を持つことに満足する人

だと思うんだけど、

そのモチベーションは、もはやわたしにはわからないし、どうでもいいんだけどね。

 

 

でもさ、はっきり言って民間企業のオーナーが、自分のお金をどう使おうが、

それはあなたに一切関係のない話、なんだよね。

身も蓋もないように聞こえるかもしれないけど、実際そうでしょ。

 

 

でさ、さらに言うと

あの方のお金の使い方をSNSで批判する人ってさ、

絶対あの方と同じ富を持っていないよね。

つまり、「それぐらいの富を得た人の気持ち」なんか、わかるはずがないし、わかろうともしていないよね。

でね、

実際、あの方ぐらいの富を築くこともないんだろうと思うの。

 

 

で、そここそが今回の「発見」なんだけど

 

なぜなら、その人はすでに、自分にそういう設定をしているから

って気づいたの。

 

 

つまり、多くの人が富を得ないのは

自分が富を得ないという設定がまず先にある。

 

これなんだと思う!

どう?

すごい発見じゃない?

 

 

「もっとマシなことに使うっていう発想はないんですかね」的なコメントをしている人に聞いてみたい

「あなたなら、具体的にどう使いますか?」と。

多分、答えに詰まるはずなのよ。

 

 

だってさー、もし、自分が彼ぐらいの富を得るだろう、という前提で物事を考えると

そこの批判より、「自分ならどう使うか」に頭が行くはずなんだよね。

 

* * *

これ。

これこそが「お金のブロック」というものなんじゃなかろうか。

 

自分は持ち得ない

と無意識に設定している。

だから、結果、持たないことを前提にものを考え、他人を見、世の中を見、

そして持たない世界で生きることを当然としている。

 

で、持つ者への批判はだいたい、ネタミソネミヒガミの「3ミ」だと思うのね。

 

みんなはどう?設定してない?

してるとすれば、それトリックだから、いますぐ設定解除ね!!

* * *

 

でね、批判している人を批判するのはもっとバカバカしいことだと思っているの。

そんなことでは振動数上がらないからw

 

 

ここね、みんなが大好きな(笑)「引き寄せ」の話とも関係してくるところで、

今、自分の手元にどれだけのお金があろうとなかろうと、

そこはどうでもよろしい。

 

だけど、「自分がその金額を持ったらどう使おう?」は、

いつも考えていると、それだけで楽しいよ。

だいたい、それだけでちょっとしたビジネストレーニングになるんだよ。

 

「どうやって稼ごう」よりも「どう使おう」は単純に楽しい。

そこから、徐々にいろんなことが具体的にイメージされてくると思うの。

そして、仮に持っていなくても、持った者のように考えることはすごく大事で、

そういう振動数に、だんだんあなたはなっていきます。

そうすると、あなたを覆っていた蓋が、あるときポンと外れるかも知れないわけ。

 

 

で、その時に、自分がお金を持つイメージがどうしてもできないのだとしたら、

何かしら固定観念やら、自己否定やらの根っこがあるんだな、ということを認識して

それを手放していったらいい。

 

ちなみに手放したいのだったら、ぜひ修道院のパーソナルセッションに来て欲しい。

手放す方法を教えます。

 

* * *

 

少なくとも、お金を得ることは悪いことだ、と考えている限り、お金はあなたのところにはやってこない。

 

昨日の話、「トマトさん」が

「お金が欲しいわけじゃないんだよ」と「否定形(〜ない)」を繰り返し言うのを聞いて

それを言ってる限り、必要なお金は得られないよ、ということを伝えたかったけれども

余計なお世話だから、もう言わない。

「受け取り力」の乏しい人は、言葉でも、愛情でも、お金でも、受け取ることに慣れていないんだよね。

だから何かと曲解する。

わたしにとっては時間の無駄。

 

で、こういう人は実は

気分良く何かにポンとお金を払うこともしないよ。

そこは相関関係なの。

「それは高い」みたいなジャッジで、金額以上の価値をリクープしよう、という発想がないから。

実によくできてるんだよ。

 

 

そしてもうひとつ。

お金は汗水垂らして稼ぐものだ、とか、なんていうの?

「欲しがりません勝つまでは」的な考えに固執している限り、

汗も水も垂らさない働き方や稼ぎ方に批判の目を向けるだけで、

それをどう有効に使おうかということまでは、考えが及ばないということも言っておきたい。

それはまさに、「人生は修行なんかじゃない」でも書いた通り、

辛いことを我慢することと達成は別物で、往往にしてリンクしていないという話と同じ。

実際、今、我々がしている仕事のほとんどは、汗とも水とも無縁なことの方がはるかに多いのよね。

 

喜びをモチベーションにして初めて、何かが生まれるよ。

 

* * *

 

この考えはね、「別な星から来た王子さま」という人物がわたしの近くにいるんだけど

(この話はまたすっっごく長くなるから今は割愛するけど)

その人事業家なんだけど、彼の行動と思考パターンを見ていると、実によくわかる。

 

で、一緒にいたら単純におもしろいんだよね。

例えば、ある場所、、、、、、、仮に、閉鎖された工場を見るとする

そうすると彼は言う。

「ここ、何にする?」

で、それは実現可能かどうかはどうでもよくて、そうやって考えるゲームになる。

一瞬真剣に考えて、話は終わる。

 

で、実際、彼は自分のやりたいことはどんどん実現していって内外にハッピーの連鎖を生んでいる。

ふ〜〜〜〜ん、、、、

て思うわけ。単純に楽しそう。それがすごく学びになる。

 

* * *

そこで考えると、わたしはね、

この修道院が、こんなミニミニ規模で終わるのがいいなんて思っていないよ。

今はたった一人でやっているけれど、いつかも言ったように雇用を生み出すのはひとつの夢でもある。

きちんとやって、誰かに利益を分配したいもん。

だから多くの人に応援してほしいし、お金がいらない、なんて思ったことない。

 

むしろ、ガバッとお金を得たらどうする?

そしたら本物の修道院を作りたい

って思う。

振動数の高い人たちを集めて、振動数の高いいろんなものを生産して、世界中の人に届けたい。

トラピスト修道院を買収して、高品質なバターがいつまでも作られるように保護したっていい。

動物が大好きだから、画期的な保護施設を作って野生動物カフェにしたっていい。

画期的な方法で、必要な人にお金を貸したっていい。

敷地内に電力施設を作っちゃうとか、超よくない?

とにかく、むちゃくちゃ振動数の高い活動を実現するために使いたいと思う。

 

お金を得ることが成功だと思ったことは人生で一度もないのだけれど、

(というより、成功という概念をわたしはそもそも強く追いかけていない。

やりたいことをやれる人生が成功なんじゃないかな。自由=成功かな。)

好きなようにものごとを解決するためのお金を得ることは、なんと素敵なことだと思うんだよね。

 

 

でさー、そんなことばっかり考えてると、

意外なところから、神がなんか手配してくれるかもしれない。

(その計画が、ヤツの気に入ることだったらね)

でも、「振動数の高い人を増やす」っていう目的は、結構いい線いってると思うんだけどな、、、、

 

 

だから、そーゆーわけで、みんなもね

お金を持つことはあり得ない

という設定を、

今すぐ解除することをお勧めします。今すぐ!

そして、お金に対して否定的な人からは離れて、

できれば「健全に肯定的」な人の近くにいるようにすること。

健全なお金の話を積極的にできる人を増やすこと。

 

 

絶対、世の中の見方が変わってくるよ!レボリューションの始まりだよ!

 

あ〜思いついた!

いつか「お金」について話す会、やってもいいね!どう?

 

 

 

というわけで、この続きはあるかもしれないし、ないかも知れないw

あ、「わたしとお金」の話はいつか書くね!

 

 

つきあってくれてありがとう!

 

 

またね〜!