もっと言いたいことを言う

 

「修道通信」をやめて「告解室」にした!今日から。

 

こないだ敬愛する友人が書いたこの記事(シニア二極化)を読んで

(誰がシニアで誰がシニアじゃないかはともかく!)

この「世の中、面白い人と面白くない人しかいない」という結論、

日頃から、つねづね、かねがね、往往にして、

同じように思っていたので、大きく頷いた。

 

しかしわたしの学びになったのは、「前半」の部分。

「書くことによって自分がスッキリしている」

とゆーくだり。

 

それ、すっごい的を得ている。的中というやつだ。

 

だから「修道通信」というタイトルを変えた。

今までわたしは、これでも、かなり遠慮がちに書いていて、

実は誰かを傷つけたりしないか?と考えたりしてた。

 

 

でもね、

わたしは本来、気を遣った話し方や、もってまわった表現が苦手な女。

非常にめんどくさい。

というか、できない。

思うことをちゃっちゃと正直に言って、ハイ次!というのが好き。

もっと、ちゃっちゃと書いて、スッキリしたい。

 

 

それを妨げているのは何?と思ったら「修道通信」というネーミングだろ!!!

という単純なことに気が付いた。

 

もー完全にわたしの「気分」の問題だった。

 

 

そう、ブログは、

少なくともわたしの書くブログは、

誰かに気に入られるためのものじゃない。

自分の中にあるものを吐き出す場。

それは言わば

告解!(confession)

 

 

それも神父を相手に告解じゃなくて

なんとなく読んでくれた人の心に届いたり、面白がってくれたら嬉しいし

別に面白いと思われなくても、むしろ不愉快に思われようとも

そんなことは知ったこっちゃない

わけでございます。

だってわたしの脳とか心の中のことだもん。

 

どんなに気を遣った言い方をしようが、説明的になろうが、優しい落とし所にしようが、

わからない人には一生わからないし、

逆にどんな乱暴な言い方をしようが、端折ろうが、飛ばそうが、

届く人には届く。

だからキャッチしてくれる人がキャッチしてくれたらいい。

 

 

わたしは「やさしくて優れたいい人間」

と思われなくても、一向によろしい。

 

だってそんな人間じゃないんだから。

 

わたしはただ、人並外れて正直なだけ。

時も場所も相手も選ばず、わたしは正直だ。

その正直さによって、わたしを信頼してくれる人もいるし、

怖いと思う人もいるし、不愉快だと思う人もいる。

だけど、神がわたしをそのように作ったんだから仕方ないじゃんw

しょうがないんだよ。自分大好きだから。

 

 

それで、みんなも、

どんどん正直になったらいいと思うよ!

自分を愛するってそういうことだし、

「面白い人」ってそういうことだと思うよ。

つまらない人にならないで!

 

 

ちなみに正直の反対はなんだと思う?

 

誰かに気に入られようとして、本当は思ってもいないことを言うとか

それは外に向けた嘘。

誰かに気に入られようとして、本当に思っていることを言わないとか

それは内に向けた嘘。

 

両方とも、百害あって一利なしよ。

 

 

てなわけで、タイトルを変えたら超スッキリした!

 

意外とそんな簡単なことなんだよね。

 

 

 

読んでくれてありがとう!

 

またね〜!