継続することがブランドにとって善なのか?

 

忘れてた話題。

こないだフィレンツェに行った時、GUCCI GARDENに寄ったんだった。

Piazza della Signoria(シニョリーア広場)という、とんでもない一等地に立つ建物。

グラウンドフロアはショップ、その上の階は歴代のデザインが展示されたミュージアム、最上階はレストランになってる。

 

GUCCIはとても好きなブランドだったけれど、正直ここ数年は、なんと言いますか、、、まあ関心を失った。

いや正確にいうと、どんなことやってくるんだろ??っていう関心はあるけど

全く食指が伸びないというか、別に欲しいものではなくなっちゃったねえ。。。。

 

歴代の展示はそういう意味で、ものすごく感慨深いものがあった。

 

 

昔のGUCCI

アイディアとクリエイティビティ、練りに練られた「正解」を感じる。

 

 

 

今見ても、やっぱりいいなと思う。

 

こんな風にして、ディテールが決められていったんだなあ、、、

人が、ペンで書いて。

良質な革製品屋である、ということをきちんと軸に置いている。

 

「昔は良かった」という言葉を安易に使いたくはないけれど、

でも、やっぱりそれ以外に言いようがない。

 

 

だって、今のGUCCI(昨日の銀座で)これ。

なんだかもう、いたたまれない。悲しくなった。

笑えない。

 

何かの哲学を感じるこれ?

 

GUCCIというブランドはもう閉鎖したらいいのに、と思う。

GUCCIというのはネームだけで、それを興した一族は誰ももうGUCCIに関与していないんだしね。

GUCCI(wiki)

 

 

といっても、そうはいかない。

株主がいる産業になってしまったから。

であるからには継続して、とりあえず何か生産して、お金をいっぱい持ったどっかの超大国の人たちにウケれば

富を生み出す。

同じ例はKENZOもそうだ。高田賢三はもうKENZOに関与していない。

 

 

産業ってそういうもんだってことはわかる。

でも、意味あんのかな?ってことはもはやわたしにはわからない。

 

始めるのは簡単で、終えることは難しい。

もはや創業時の輝きを失い、再興も難しく、「存続」だけが目的となった。

一流ブランドに限らず、そんなケースはたくさんある。

 

 

それにしても、

「ファッション」や「スタイル」はどこへ行こうとしているんだろう?

 

 

 

今日は答えのない話。

 

つきあってくれてありがとう。

 

またね!