「頑張った自分へのご褒美」なんてやめなよ

 

こないだ「アネモネのネックレスセット」をアップした瞬間(本当に驚きの秒速で!)

買ってくれた方がいた。

ありがたいねえ。

 

その方は、わたしが代官山でのケシーのトークイベントに行くことを知っていたので

当日直接お渡しすることにした。

 

お客さまに直接会って納品できると、

その場で包みを開ける顔、身につけて喜ぶ顔がシーケンスで見れる。

作り手であるわたしにとって、それは

自分のしていることが、人のとびきりの笑顔を作っていることを実感できる瞬間。

形容しようがない、素敵な瞬間。

 

 

で、そーゆー笑顔を「サンプル」として知っていると、

お客さまからいただく、「喜びの声」

(って言っちゃうとチープに聞こえるかもだけど、わたしにとってはめちゃ崇高なものだ)

のメールやメッセージが、ただの文章ではなく立体感を帯びてくる。

本当に喜んでくれているんだな〜っていうのが、

その方の顔や声を知らなくても素直に受け止められる。

そして、自分が好きでしていることが、誰かを喜ばすことができる、

誰かの心を動かすことができるんだわ

という事実と

それをわざわざ伝えてくれてありがとう!の気持ちで、密かに泣きそうになる。

実に幸せだ!やる気になる!

販売数/お便りもらう率においてこの修道院は間違いなく日本で有数の作り手だ(坂ノ下総研調べ)

って、他の作り手がどうなんだか一切知らないけど。

そのようにして、ぐるぐる「いい循環」が廻っている愛の食物連鎖!

食物じゃないけど。

 

 

 

で、「アネモネ」は、大人の方にこそ身につけて欲しいと思っていたのだけど、

まさにイメージにぴったりな方だったので、人がモノを選ぶと見せかけて

モノが人を選んでいるんじゃないか、とも思ったよ。

 

この方は、会った瞬間からものすごい勢いで(笑)

「買い物と自己肯定」の話をしてくれた。

まくし立てられたと言ったほうがいい(爆笑)

それぐらい勢いのある方だった(素晴らしい!)

 

 

その話がかなり興味深かったのでチラリと紹介するね。

 

その方は、「新しい自分の象徴」として、このアネモネを買ったんだって。

それまでは「自己否定感が強くて、モノを買うのにわざわざ理由や言い訳を探していた」んだそう。

例えば、何か気に入ったものを買うのに「古着だからいいよね」とか「安いんだからいいよね」とか、

「単に気に入った→買う」までに自分の中であれこれと。

つまり「自分のために気分良くお金を使う、ということが今までまったくできなかったんだ」って。

「それが最近になって猛烈にスイッチが切り替わり、自分が好きなようにお金を使ってもいいんだ!

という風になって、このネックレスも見て、ピンときて、秒速で買ったのよ!!!!!」

 

「こないだの修道院の「怒りについての記事」も、そうだそうだ!って頷きながら読んだわ!

最近になって自分の中で積年の怒りがブワーーーって噴出してきて、それを認めたら、スッキリして、

いよいよ自分のことを肯定できるようになったのよーーーーーっ」

 

そして

「頑張った自分へのご褒美って言葉ね、それちゃう!頑張ったから褒美じゃない!

頑張らなくても、自分へのプレゼントだー!!!!!!ってね」

と、ここまで5分間ぐらいで、濃密なストーリーを、一気に語ってくれた(笑)

稀に見るそのボルテージは、まさしく彼女に起きた

「マイレボリューション」

のを表しているように、わたしには感じられたよ。

 

ダム決壊。

まさにそんな感じ。

 

そして

「これから新しい自分が始まる気がするの!!!」

という力強い言葉。

 

 

いや〜、イイ!

実にイイ!

 

もともとクリエイターな彼女。

今後どんな創作が生まれるのか、すっごく楽しみ!

 

 

 

そう、それで、

「頑張った自分へのご褒美」

これテーマでいつか書こうと思っていたんだけど、

まさに彼女の言う通り。それに尽きる。

 

「頑張った自分へのご褒美」なんて、わたし人生で考えたこともないよ。

だから最初にその言葉を人が言うのを聞いたとき、正直ギョッとした。

 

欲しいものを手に入れるのに、「理由」も「言い訳」もいらない。

「あ、それいい!」→「買う」

「似合う」→「買う」

自分が頑張ってようが頑張ってなかろうが、そんなの買うというアクションに関連づけたことなんかない。

欲しいから買うだけで、

「あ、いいな!」と思った時のトキメキにお金を払っている、と言ってもいい。

 

さらに「頑張って買う」の感覚もない。

「うわ、するなあ!」と思っても買えるなら結局買うし、

買えないならとっとと諦める。

 

だけど、これは

「ちょっと無理してでも手に入れたいもの」を手にすることの意味ってのがあるから、

モノを買うということじゃなくて、

それを手にする/経験する

つまり「コト」の価値は大いにあると思ってる。

 

実利的なわかりやすいところで言えば、

将来回収可能な「先行投資」なんかもそれに相当すると思う。

先に出す分、後で絶対回収したろ!という意欲を生むもの、だね。

 

で、どちらにせよ、そこに「頑張って」という概念を、わたしは乗せたことがない。

頑張る

ってのが、なんか嫌いなんだよ。

無理な力が入っている気がして。

美しくない気がして。

 

 

「ご褒美」なんてね、

大名が家来に「やる」ものだし、本来、何かとの交換条件なわけよ。

それほとんどの人が無意識にその言葉使ってると思うから、言わなくてもいい言葉だと思うよ。

そこに象徴されるのは

頑張っている自分が好きで、頑張っていない自分はダメ

だから。

いちいち自分に交換条件を突きつけてるようなもんで、ちっともよくないよ。

 

自分世界、自分宇宙を支配してるのはあなた自身だから、

どうしても何か言いたいなら、せめて

自分へ奉納

ぐらいにしとくといい。

少なくとも、自分の中に神が宿ってる感覚を思い出すはずよ。

 

わたしの神が欲しがった。

だから神に奉納した。

 

思いっきり崇高な行為になるよ。

 

自分をアゲるのは自分だけ!

 

 

お金を使うことに罪悪感を持つのなら、受け取ることもできないからね。

使いたくないお金を使うのも同様。

いらないもんはいらない。

 

アクションはシンプルに。

 

 

読んでくれてありがとう!

 

またね〜