固定観念と食の話(1)〜人は食べるから生きている、への疑問

 

ここ数年のわたしは、さまざまな固定概念に別れを告げるいろんな変化を体験した。

中でも、何がいちばん大きかったかと言えば、

それはもしかしたら「食べること」への考え方かも知れない。

 

結論から先に言うと、

人は食べるから生きているわけではない

ということに気づいたんだよ。

 

 

これはそれ以前のわたしを知っている人にとっては

「どーゆーことよ!!!」と思うようなことかも知れない。

 

育った家庭の考え方が大きいけれど、「美味しいものを食べる」ということは当たり前で、

常に人生でいちばん大事なことのように思ってきたし、

実際いつも人一倍の強い意欲と探究心、そして尽きることのない食欲をもって「食」と対峙してきた。

食はすばらしいものだ。

世界中どこに行こうと「何かを(簡易的に)食べる」のではなく「美味いものを食べる」ことはわたしが生きている上でもっとも優先すべきことのように思っていた。

そして当然、わたしが家で食べるものも

「きちんと作られた、美味いものでなければならない」

と思ってきた。

しかしそれは過去形だ。

(それはこないだ紹介した本「料理が苦痛だ」の話に繋がるけど、その流れは後にとっとく)

 

 

もちろん、今でも美味いものが大好きだ。

まずいものを憎んでもいる(笑)し、添加物もコンビニ飯も、養殖の鮎も嫌っている。

日本で一番美味いクロワッサンを判定する「クロワッサン総選挙」も実施している。

 

 

けど、それ以前に「食べるということ」がどんだけ大事なのか?

という大前提を根本から見直したら、

「けっこうそうでもない」というように考えるようになってしまった。

 

まずその話をしたい。

そして、この話はめっちゃ長くなる!

 

 

人類にとって「食」というのはものすごいテーマだと思う。

 

これはほのぼのとした「今夜の食卓」とか「インスタ映え」なんかのかわいらしい、取るに足りないテーマというよりは、

世界の経済構造だったり、地球存続に関わる大テーマに、

掘り下げていけば行き着くわけである。

 

・・・といってピンとくる人こない人がいると思うけど、社会問題だから食を見直したってわけではない。

それに政治的な主張をしたいわけではないからとっとと飛ばす。

 

 

だいたい、「人は食べなければ死んでしまう」ということに、ほとんどの人は疑いを抱かないのが普通だと思う。

 

だけど、10年以上食べなくて生きてる人ってのがいる。

生きてるどころか、めっちゃ生きてる、精力的に活動してる人。

 

は、どういうこと?

 

だけど、人間は食べることで食物から栄養を摂取するから生きている

ってことすらも、

もしかして固定観念に過ぎないのかな?と一度疑ってみることは無駄ではない。

そうすると、「最近食欲がなくなった」みたいなことが

病気じゃなかろうか?

どっか悪いんじゃないだろうか?

ではなく「食べる必要がないって身体が判断してるからでしょ」という見方に変わってくる。

 

 

食べようと思えばいくらでも食べれる状況にあるうちに、

誰でも一度、断食をしてみるといいと思う。

それは脳のリセットだ。

 

わたしが断食に取り組んだのは4年前。痩せることを目的にしたものだった。

それまで右肩上がりに太っていくのを知っていても

一度もダイエットが自分の関心事となることがなかったのに。

ある時、突然

やだ、死にたい

と思った。

写真に写った自分が醜過ぎて。

これが自分かよ!

そのことに気づいてしまったら最後、解決しないと気が済まない。

誰かに言われたことじゃない。自分がやんなった。

これは一番キビシイ、逃げられない道である。

解決するにはノー努力で、ちゃっちゃとやることをわたしは望む。

 

 

 

やばい、やっぱり長くなる。

延々と続く話かもしれない。

 

というわけで、このテーマはシリーズに。

 

読んでくれてありがとう

 

またね〜!