『ボヘミアン・ラプソディ』を観て考えたこと

今週、わたしのタイムラインにはフレディとクイーンの話題しか上がってこない。

前夜祭で観てきましたよ。筋金入りのファンと共に。

 

映画がどんだけ良かったか、と、どんだけ泣いたかの話は他でも目にするでしょうから、

わたしはそれとは別な視点で発見したことをお届けしようと思います。とりとめない話です。

 

* * *

 

1.フレディの声から「なんか」が出ている

 

当然、わたしも号泣したわけですが、会場のほとんどの人がその状態だった。

終わってからもしばらく話ができないほど、胸の中に何かが残って、

でもね、あれ?なんでわたし(みんなも)泣いてるんだろう?って思った。(超冷静なわたし)

この涙って、なに?

だって、お話はわかりきっているし、彼が亡くなった時にショックというショック、喪失感という喪失感を味わい尽くして、今に至っている人たちが観ているわけよ。

もしくはリアルタイムを一切知らない人たち。

この涙の理由はなに?

 

でね、わたしわかった。

はっきり言うよ。

聖なる(宗教的な)ものだと思う。

悲しい嬉しい感動、、、そういう感情では説明できない、何か別な次元のもの。

いつまでもいつまでも溢れて落ちてくる涙。

胸がいっぱいで言葉がなにも出てこない状態。

そう、この感じ、わたし何度か経験したことがある。

そう、ルルドの沐浴で号泣したのによく似ている。

 

で、それを考察してる動画を見つけた。

この人も「Universal Love」(つまり「神」)を彼の声から感じて、フレディの声帯の使い方と、「ホーミー」(モンゴルの聖なる発声法みたいなもん)にまで言及している。

で、そのようにして出される声をIMAXのような多重音響の空間で聴くことで、みんなに宗教効果的なものが発生したんじゃないか?

と思うの。

だから劇場はプチ聖堂、プチルルドと化していた。

エンドロール終わって、観客から拍手出たんだよ!(そんなことが日本で起きるなんて!)

みんなの「なにか」を動かす声なんだよフレディの声は。

 

そう考えると、以前の記事で書いた通り、ほんと退屈でしょーもないと感じていた中学時代のわたしをQUEENが癒してくれていたのは

まさに文字通り癒しだったんだ!ってことに気づいた。

QUEENだけじゃなくて、音楽はめっちゃ聴いてる子だったけど、QUEENだけは特別だったんだよ。

 

 

2. 時間は未来から現在に流れている

 

改めてフレディの書いた「詩」を考えると、

(これまったくうまい表現できないんだけども)

早く死ぬことをわかってる人の詩だと思った。

死を予期してるっていう意味とはちょっと違っていて。

 

 

例えば誰もが知ってる「ボヘミアン・ラプソディ」

Mama, ooh, didn’t mean to make you cry
If I’m not back again this time tomorrow
Carry on, carry on as if nothing really matters
Too late, my time has come
Sends shivers down my spine, body’s aching all the time
Goodbye, everybody, I’ve got to go
Gotta leave you all behind and face the truth
Mama, ooh, I don’t want to die
I sometimes wish I’d never been born at all

 

こんなのは、若い時代に書かれて、「詩なんかただの言葉遊び」っていうレベルじゃなく暗示的。

そして実際この通りになった。

 

「Somebody to love」だって

Got no feel, I got no rhythm
I just keep losing my beat (you just keep losing and losing)
I’m OK, I’m alright (he’s alright, he’s alright)
I ain’t gonna face no defeat (yeah yeah)
I just gotta get out of this prison cell
One day (someday) I’m gonna be free, Lord!

 

これ以上は際限なくなるからやめるけどw

HIVが発覚する以前のものでも、どう考えても死を潜在的に見ている人の書く詩だと思われるものが多い。

 

それで思ったんだけど、

彼はそういう使命の人だったんだよ。

 

だから、彼が若くして亡くなったことは悲劇だと思ってしまうけれども、

そうではなくて、定められた生命の期間ギリギリまで使い切って使命を果たし、

天に戻っていった。

ものすごい輝きを残して。

 

彼の生き様は

喜びの限りを味わう

HAVE FUN

なわけで、それが彼を通して伝わったメッセージだとわたしは思う。

 

* * *

あの時代、今よりもーーっとセクシュアリティに対する偏見は強かった。

「カミングアウト」なんて言葉は一般的でなかったし、フレディはそれを公言することはなかったけれども、別に隠しもせず、堂々としていた。

それに今だって、動く彼をリアルで知らない世代は「不気味なゲイ」というかもしれないが、

当時のわたしたちに、そんなことはどうでもよかった。

彼らの生み出す音楽の前には、

そんなこと、本当にどうでもよくて、話題にすらしなかった。

彼は享楽の限りを体験し尽くしたくて、それをやったんだよ。

そして奇跡のように美しい旋律と聖なる声で、人の心を震わせた。

 

* * *

まあ、こんなバンドはもう二度と現れない。

世界中の誰もがもってるアルバムなんてものも、もう二度と現れないと思う。

 

けど、今という時代の大きな節目に、

世界中であの映画が封切られて、

彼らの現役時代を知っていようがいまいが、

あの聖なる声にみんなが泣いてるってことに

なんていうか、ものすごく意味があるような気がしてならないんだよね。

それは祝福なんだと思う。再降臨なんだと思うよ。

 

 

 

 

またね〜!