固定観念と食の話(3)〜料理するって義務なのか?

 

前回は断食した結果、「人間はそんなに食べなくても生きていける」ということを知った、という話。

固定観念と食の話(1)〜人は食べるから生きている、への疑問
固定観念と食の話(2)〜断食でわかったこと

 

 

はっきり言って、わたしは料理が下手ではない。

作ろうと思うものがマズくできた試しがない。

 

けれど、「そんなに食べなくても生きていける」ことを知ってしまった4年前から、「作る」ということへの情熱は半減した。

 

* * *

ここで話しておかなければいけないのは、だいたいどうして意を決して痩せる必要があるほど太ったのか、という話だと思う。

 

端的に言えば、御多分に洩れず、それはストレスによる過食だ。

必要量のリミッターが、完全にイカレてしまっていた。

 

だいたい結婚して以来、わたしの生活は食を巡って地獄になっていた。

 

 

これをさらに遡って説明すると、

そもそもわたしは、冷凍食品やファストフード、チェーン店での食事を嫌悪する家で育った。

実家の食卓は、料理上手な母親がきちんと作ったもの、お惣菜も買うのは美味いところのもの、外食をするなら「美味い店」。

そう決まっていた、というかそれが普通だった。

そんな環境で育つと、一人暮らしをしようとも、自ずとそういう食スタイルになってしまう。

なぜかというと、それ以外は「まずい」(保存料とか化学調味料の味とかも全部含んでのまずい)からである。

うまいまずいは極めて主観的なものであるから、自分がまずいと思ったらそれはまずい

そしてわたしはまずいものを食べられない。

傲慢に聞こえるかも知れないが、実際に食べられない。

まずい(苦痛)を我慢して食べるという発想には、わたしはならない。

 

食べられないには2つあって、

1.物理的に箸が進まない

2.まずいものを食べるとこの世の終わりぐらい悲しい、わびしい気持ちになる

だ。

 

しかし美味いもの=豪華なものという定義ではない。

ちゃんとした梅干しと白いご飯、のようなスタイルでも、美味いものは美味い。

 

 

で、一人暮らしで仕事帰りに何かを食べに行く以外は、

どんなに仕事が忙しかろうが、疲れていようが、

自分で何かを作って食べる。

 

そうじゃないと、「仕事した。まずいもん食べた。寝た」が繰り返されたら

そんなの人間が生きているとは言えない。家畜みたいなもんだ。

とわたしは思っていた。(今もけっこう思っている)

 

だから例えどんなものでも、少量でも、「きちんと自分の手で生み出すもの」を食べてこそ

ちゃんとした生活

だと思っていた。

 

今思うと、それは呪縛だった。

* * *

 

そして結婚した。

旦那(今は元旦那)は、自宅に食器が一枚もない暮らし(要するに100%外食)をしていた。

 

ちなみにこの旦那とは、食だけでなく、お金の感覚やモノへの考え、人間関係、、、生活のほぼ全てにおいて考えが一致することがなかった。

だから今は「元旦那」なのである。

 

で、当時わたしは都内のネットベンチャーにいて、

仕事は決して簡単でもなければ暇でもなかった。

 

それでも午後の早い時間から、

「今日の夕飯なに?」

とメッセージが来るたびに、いや〜〜な気持ちになりながらも、それは仕方ないことだと思っていた。

 

それで、どんなに疲れていようが、慌ててスーパーに寄り、買い物をし、

帰宅して料理して片付けて寝る

を繰り返す。

 

けれども、これがどんなにキツイことか、理解されることはなかった。

 

作ったものに反応するでもなく、5分で食べて、終わり。

後片付けをするのもわたしだ。

労われることも一度もなかった。

 

なぜならそれは「わたしが担当するという条件だから」、ねぎらいの発生することではない、というのが彼の言い分だった。

 

そして、この件に関して話をすると、

「俺は毎日コンビニでもいい。別に作らなくてもいい」

と言う。

 

わたしが求めていたのはそういうことではない。

先に帰っているなら、せめてご飯を炊いたり、野菜を切ったりしておくとか、

少なくとも気分良く食卓に着くためのわずかな努力をしてくれないか、

ということだったが、そんな話ができていればなんの苦労もなかった。

とにかく話し合いなどまともにできたことがない。

そして作らなければ作らないで不機嫌になり、

「今週3回しか夕飯を作っていない」などと言われるのだった。

食事を作ることが「義務」なんだという十字架。

苦痛以外のなんでもなかった。

 

 

(これらはもう遠い過去の話で忘れていたこと。

そしてこれにはその後の展開があるのだが、今思い出すと涙が出てくる)

 

 

それでも、料理することは自体は「好き」ではあったのだ。

たぶん、美味しいものを作りたいというクリエイティブな欲求だけはあった。

 

* * *

 

しかし結果として、わたしは疲弊し尽くし、

この結婚は失敗だったと悟り、

自分の中の何かが死んだ。

 

 

そして、ある時から、

食事さえ作れば文句はないんでしょ、ということだけ

「義務」として果たし、それ以外はもうどうでもいいと割り切って、

なるべく外との接点に目を向けることにした。

 

本当に楽しい食事は、他の人たちと外で楽しめばいい。

友達はたくさんいる。食べたいものもたくさんある。

 

もとより、美味しいものが好きだ。

そしてその頃は、料理関係の仕事をしていた。

ますます、食べた。

結果、右肩上がりにどんどん太って、醜くなっていった。

 

でも自分の中の何かが死んでいるから、太ることに対して特に問題だとも思わない。

そんな感じだった。

 

 

>>つづく

 

 

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