パリで今起きてることとか

 

やっぱし避けては通れない話題。

パリは暴動で大変なことになっちゃってる。

もはや、戦争だよこれ。

フランスのメディアは結構しょっちゅうライブ中継してたからそれ見てて、

ああ、もしかしたら来年のフランス行きはないかもなあ、、、と。

それ以前に、父の病状問題を考えると来年はちょっと見通しが立たないなと思っていたから、まあ、どっちにしても行けないかもね、は想定済み。

 

しかし、それが残念だというよりも、

よかった〜!今年のんびり行っといて!!

ほらね!さすがわたしの本能!しかるべきタイミングは、すべて本能が知ってるんだよ

って思った。

 

そう、あくまでも、どこまでも、能天気路線。

能天気一直線だよ。

それでいいの。(みんなにも勧めたい、この路線!)

 

 

実は、この夏行った時に友達から

マクロンさまの政策に、フランスの労働者層、特に若年層はみんな不満だっていう話をさんざん聞かされてた。

当選するまでは、若いヤツにチャンスを作るよ!アピールで支持を集めて、その実は金持ちっつーか支配層への媚び媚びというか、彼らに有利な社会づくりを次々と推進してる、、、、許せない。

みたいな話だった。

 

今やフランス人は低賃金で(マジで本当らしい)、ましてや伝統的にある階級社会のおかげで頑張っても報われず(天井が決まってるからね)、「ランチタイムにワインを一杯やるのが普通」みたいな習慣はなくなり(もはや超少数派らしい)、完璧を目指し、人の評価を気にして、競争社会の中で神経をすり減らしている。

ぜんぶ政治が悪い!

 

・・・という話を、それはもう、さんざっぱら聞かされて

ぶっちゃけちょっとうんざりしていた。

 

 

そんな政策、そんなリーダー、そんな政府は確かにイヤだ。

そりゃイヤですよ。腹立ちますよ。原辰徳だよ。

 

 

でもね、

逆に、今、この世界で、それもんじゃないリーダーって、誰か、いる?

かつてはいたかもしれないよ。でも駆逐されちゃったよ。

でね、

政治のせいで自分が幸せではない

と考えることも、同じくらい違和感なんだよ、わたしには。

 

つまりね、

外的な要因で縮小したり拡大する幸せなんてね、

「バリアブル過ぎて、信用できない」って、わたしは思うんだよ。

 

 

これってさー、、、、あのさー、、、

「彼氏がいたら幸せ(いないから不幸)」って言うような女と、あんまり変わんなくない?

そんで、欲しい欲しいと言ってた彼氏ができたら「結婚してくれないから幸せじゃない」って言って、

結婚したら「いい旦那じゃないからわたしは不幸」ってなるのに似ている。

似てない?違う?政治と男女の問題を一緒にすんな?

どうよ?w

 

 

でね、

じゃ、マクロンじゃ無くなったら、あんたは幸せなのか?と聞いたんだよ。

「今よりはマシ」だというのがその答えだった。

けれども「今よりマシ」を「期待している」だけで、そんなのわっかんないじゃん。

またいいこと言って登場して、また「手先」となって活動するだけ、の可能性だってあるんだよ。

そして「外に求める幸せ」って、限度額がない「負のプラチナカード」なんだよ!

そしたらまた落胆するのか?

マクロンの方がマシだったと嘆くのか?

 

 

あのね、非常に真面目に言いますよ。

「支配者層」というものを、よくよく考えてごらんなさいよ、って思うんだよ。その方々の連綿と続いてきた支配の歴史と構造を。

そして、その方々の網の目のように張り巡らされたネットワークを。

それを知ったらもうさー、アホくさ過ぎて、いちいち「許せない」みたいな気持ちはどっかいっちゃったよ、わたし。

そんな方々のために、自分の振動数を下げたりするなんて、ほんとバカバカしいと思うようになったもん。

 

 

そこでわたしは今や、目に見える直接的なことで、いちいち政府に腹を立てたりすることをしない路線。

そんなことで気分を乱すより、能天気な自分を死守することで振動数を高く保つ路線。

これは黙って服従するでもなく、声高に叫んで火炎瓶を投げるでもなく、

いわば第3の選択だよ。

そういう風に脳内を大きく切り替えてしまったから、

マクロンさまやそれに類似する色々な国の色々な方々がいかにクソ野郎であろうと、

支配層の方々がいかに極悪非道であろうと、

この世の富を握っているわずか一握りの「あいつら」が世界を支配していようと、

そのせいで自分が幸せではない、と考えること自体が負けているような気がして、

外部にNONというよりは、自分自身のOUIを増やす

という「マイ政策」を、毎日毎日地道に推進することにしたんだよ。

 

 

マイ政策では、わたしが国王だし、わたしが首相。

わたしが役人で、わたしが市民だよ。

星の王子様に出てくる、一人で命令して、一人で実行する星の王様みたいなもんだよ。

(子供の頃は、その人のことを哀れだなと感じたのに、今やなんて立派なんだろうと思うようになった)

要するに「自分が自分を喜ばせる。自分が望むことをして、やなことには従わなければいい」ということだけなんだけど

これには、だけど、1つだけ腹を括らなくてはいけなくて

従わないことによる不利益があるとしたら、それもやむなし

という風に受け入れられるかどうか、ということだと思うのね。

 

 

例えば「やだ」「おかしい」と感じていることに従わないと決めたとする。

だけど周囲の人々はどんどん「イヤイヤながら」従うようになっていき、しまいにゃ同調するよう圧力かけられる、みたいな状況で、

「それでもやだ」って言ったら自分どーなんの?と想像してみる。

誹謗中傷?友達いなくなるとか?ライフライン止められるとか?

それなりの不利益は発生すると思う。

それでも、「ま、しゃーないわ、やなんだから最終的に腹をくくるわ」、って思える人が増えて初めて、目に見える世界は変わるんじゃないのかしら。

わたしはそう思ってる。

 

 

あ、いや、しかしね

抗議行動そのものに関しては、なんら批判的な気持ちはないよ。

むしろ応援する気持ちは正直に言えばかなりある。

黄色ベストだって自らを危険に晒して必死だもの。死ぬかもしれないわけでね。

為政者に対して怒りの反旗をひるがえすことはこれまでも、何度も何度も繰り返し行われてきたこと。

ましてやフランス。抵抗するDNAを持った市民。

フランス革命という成功体験がDNAにしみついているんだろう。

必死であることは美しいし、これでマクロンが失脚したなら市民が勝った!って思えるのかもしれない。

 

煙や炎が立ちのぼるエトワール広場のリアルタイムを、極東の島国の、しかも坂ノ下という小さな町からiPhone画面で見つめる今という時代。

なんだか「歴史」を見ているような気持ちになったよ。

だけど本当の敵はマクロンなのか?

マクロンが死ねば何かが変わるのか?

 

 

そしてマリーアントワネットはこの様子になんて言うんだろうって、思ったよ。。。。

 

 

まあ、能天気路線でわたしは行くよ。

 

 

 

読んでくれてありがとう!

 

じゃ、またね!