人生の仕組みが素晴らしすぎて泣ける

 

あらかじめ言っておくと、今日は自分のために記しておきたいパーソナルな話で、全然整理して書かないし、長いよ。

 

 

父の癌が発覚してからというもの、ある意味非常事態となってるわけで、やたら病院という振動数が超低い場所に行ってます。

しかしわたしは

非常事態に力を発揮するタイプw

だからまったく苦ではない。

そして行くたびに「わたしが病院を作るとしたら・・・」みたいなことを考えている。楽しい妄想。

いや、まじで作りたい。

坂ノ下修道院付属病院。

めちゃ振動数の高い病院!考えただけで行きたくなる!

 

話逸れたw

 

 

築地のがんセンター

(しかしこのネーミングってほんとセンスないよね。「靴流通センター」とか「餃子センター」とかと同じアレなら「癌という癌がよりどりみどり」みたいなもんで笑えるけど、客の身になってよく考えてみなさいよあーた、、、、って感じ)

から始まって、今、父は昭和大学病院とゆーところに入院している。

わたしは昨日も今日も行って、今日は治療計画について、担当医の説明を受けた。

 

 

 

いやーーーーーーー感動したね。感動した!

(何が?は後で書く)

 

 

 

で、発覚してから今日までの間、治療法どうすんの?を最終的に決めるまで、

1)医者間のやりとり。紹介とかデータ持ち込みとかの段取りと通院

2)検査

3)医者の解析からの状況説明〜治療法の提案

4)疑問の解消

5)本人含めた家族の合意形成

6)治療実行

みたいなステップがあって、それがなかなか単純ではない。

 

1〜3までは医療機関側にボールがあるわけだけど、4〜5はこちらの問題で、そこがうまく着地しないと6以降の結果がよろしくない。

つまり

7)生きる

8)帰天

までのプロセスだ。

 

わたしはあくまでも「最良な7と8」を徹底的に考えてからの6だと思っていて、

そのために父や母が思いをめぐらすことのできない4を把握したあと、5がうまくでき、すべて納得ずくで疑念のない状態で6を実行して欲しいなと考えていた。

 

ああすればよかった、またはしなければよかった

みたいなことがゼロ、または可能な限り少ない状態で8を迎えさせてあげたい。本人にとっても、家族にとっても。

 

 

 

いや〜〜〜

しかし、わたしは今日、人生の素晴らしさについてしみじみ考えた。

人生って本当によくできている。

感謝の念が尽きません。

 

 

思えばこの3年間、ドルフィン先生のお側にいて、「生命とは何か」「宇宙とは何か」という究極的な問いへの答えをみっちりと学び理解することができた。

生命とはつまり振動数なんだよ。

それがわかれば「人生」とか「死」とか「苦悩」とか、芋づる式に謎が解けていくわけである。

ドルフィン先生からの伝授はわたしにとって本当にプライスレスな贈り物だったなあ。しかもそれを「仕事」として、報酬をいただいてやれてたなんて!

先生には「いつか会ってみたいなあ」と思っていたら、突然仕事のご縁をいただいて、「巡り合わせてもらえた」ってこと自体がとてつもない贈り物なのにね。

 

今このような事態にも、動じることなく非常な余裕をもって対処できているのは、ドルフィン理論、振動数真理の深い理解のおかげだと思うとしみじみしてくる。

 

 

正直、この10年ぐらい親子関係はわたしにとってまったく良いとは言えなくて、喉に引っかかった魚の小骨のようなものだった。

わたしと母、わたしと父、父と母。どれもに何かおかしな絡まりがあって、「なんでそうなっちゃうんだろう?」という理解不能なことばかりだった。

理解不能すぎて普段は接触しないと決めて手放したから問題ではなくなったけれど、それはあくまで彼らが元気であれば、という話で、

そういう状態のまま、やがていつの日か彼らの死を迎えるんだとしたら、それはいやだなあと思っていたんだよ。

 

父の癌をきっかけに、理解不能を呼び起こしている実家にあった「いやな空気」も金子さんたちのおかげで一掃できたし、何より両親の顔に生気が蘇った。癌で生気が戻った、と言ったら「なにそれ?」って話だけど事実だよ。

そう、金子さんたちとの巡り合わせだって贈り物だ。そういう能力を持った人がいるなら会いたい、と願ったら、巡り会った。

 

 

今、この事態に、こじれていた糸はほどけ、まさに「結び目を解く」現象が起きた。

わたしはアップダウンする彼らの気分に付き合ってあげることもできるし、現実的な言葉で勇気付けることも、労わることもできる。

 

坂ノ下修道院

 

今、初めて実家の家族が同じ方向を向いているんじゃないかな。

記憶の限り初めてだよ!それは本当にわたしが望んでいたことだった。

すべてすべてすべて、マリアさまが取り次いでくれたんだね。

 

 

だから現時点ですでに、少なくともわたしにとって癌は憎むべき相手なんかではない。むしろ感謝だよ。

もう十分すぎるほどの喜びをもたらしてくれた「贈り物」だ。

それも全部宇宙が与えてくれたものだよ。病気はギフトっていうのはこういうことなんだね。

 

 

それで治療計画の説明では、来週から抗癌剤を投下するというものだったんだけど、

わたしにはある理由で「う〜ん」と懸念があったけど、父の気持ちを尊重して黙っていることにしていた。

その後、自宅に戻り、母も交えて計画の説明をしていた時、父にひらめきが降りて、突然

「抗癌剤は新年からにしたい」と言い出した。え?と思った。

それは、わたしが言おうと思っていた提案と同じだったから。

 

 

今、父は少なくとも「元気」だ。

抗癌剤は効くかどうかはわからない。投与後すぐに「元気」であるとは思えない。

それに「平成最後」のクリスマスと正月だ。

わたしたちにとっても家族で過ごす最後のクリスマスと正月になる可能性だってある。ならなければめっけもんだ。

だったら父が生き抜いてきた昭和、平成という時代を元気にみんなで見送ろう。

「平成最後」を自宅でのんびり楽しんで、年が明けたらビシッと入院しましょう、ということになった。

 

 

ということにしたいんです、って、お医者さんとの交渉を来週しに行くんだ!

 

 

人生というのは非常に完璧にできていて

苦しみがあるのは、それがその時必要だから。

うまくいかないことすらも実は素晴らしい。

タイミングが来たら、すべてうまく行くようにできている。

だから無理に方向を変えようとしたり、自分が変わらなくては!なんて思わなくてもいい。

振動数を良い状態に保っていることだけが大切で、振動数が良い状態であればいろんな「気づき」が起きてくる。

気づき=あっ、そーゆーことだったのか〜! すっごくひっそり、それぞれの内側で起きること。

気づいたら、そのステージクリア。そして次のステージへ。

何かを手放さなきゃ!って気張って手放すことはできない。

単に手をそっと離すのが手放し。力が入るようなら「投げ捨て」で、力がかかっている限りはまた戻ってくる。

人生ってほんと、ほっとけば何の問題もないよ!

 

 

 

最後まで読んでくれてありがとう!

 

 

またね!