水の影 〜弱ってる時はユーミンでも聴いて泣いた方がいい

 

全国の修道女のみなさま

 

 

ユーミンは好きだったが、これまでコンサートに行こうと思ったことは一度もなかった。

わたしの青春時代は、世の中がバブルだったこともあって、ユーミンのライブはそりゃもうめっちゃお金がかかったとんでもない仕掛けで、ステージに象が出てきたりしてた。(懐かしいねえ)

だけど、そんなビジュアルインパクトと、わたしにとっての「ユーミンのよさ」が一切マッチしなくて、

それに彼女の声質と声量から言って、ライブは「ちょっと違う」と思っていたし、まあ、行きたいと思うことはなく、

むしろ完璧にマスタリングされた音源を楽しんでいることで十分だと思っていた。

そういう人はけっこう多いと思う。

だけど例の紅白で、あの声に号泣し、やっぱりこれは一度現場に行っておくべきかも知れない!と思ったら、タイミングよくライブのお知らせを見つけたのでチケット取った。

3月6日、わたしの誕生日の翌日だ。

過剰な期待をしないで楽しみに待つという感じ。

 

 

ユーミンの詩で描かれる情景は、一つの曲の中に誰にでもピンとくる、自分とリンクする箇所が散りばめられていて

それがマーケティングによるものだろうと、自然に出てきたものであろうと、やっぱすごいなと思うわけだが、

わたしは「恋愛生活の教祖」的なやつより、「なんのことを言ってるんだろう?」という謎の要素を残した曲の方が好きかも知れない。

だって今「SURF&SNOW」を聴いても、懐かしいとは思うけれども、わたしの心はあの時代に飛んで行かないもんね(笑)。

それより普遍的に「すげー!」と思うのは「時のないホテル」の最後に入ってる「水の影」だ。

いつ聴いても心の深いところに沁みる。ちょっと弱っているときはなおさらだ。

(え、どんな曲だっけ?ていう人はamazonのストリーミングでも、Apple Musicでも聴けるから聴いてみて〜)

 

 

この歌詞は謎レベルが究極的に高い。

しかし泣ける。

冒頭から泣ける。

 

たとえ異国の白い街でも
風がのどかなとなり町でも
私はたぶん同じ旅人
遠いイマージュ 水面におとす

 

「たとえ異国の白い街でも 風がのどかなとなり町でも 私はたぶん同じ旅人」

わかる。これまさにわたしのことだなーってときどき思う。

どこにいても馴染むけど、どこにいてもここではない感じ。どこにいても旅人感を拭えない。

わたしそうやって旅人のまま死ぬんだろうか。それって客死ってことじゃないか?

別にいいけど、本当にそれでいいんだろうか?わたしはそれで満足なんだろうか?

でも旅人ではない状態だったら、わたし果たしてどんな気分なんだろう?旅人になりたくなるに決まってる。。。

なんてぐるぐると、ぼんやりと考える。

 

「遠いイマージュ 水面に落とす」

これ、わかるようでわからない。

水に落ちた影って実体のようで実体じゃない。

万物は実体などないから、川という時空の流れのなかに、自分が「いた」というイメージだけが残る、ってことを言ってるのかな?

ところで、水に映る「影」は、背後から射す太陽によって作られるから、「鏡」とは違って、水の中の影を見ている自分は、自分の後ろ姿を見ているんだよねってことに、最近気づいた。

 

時は川
きのうは岸辺
人はみなゴンドラに乗り
いつか離れて
想い出に手をふるの

 

死ぬってそういうことよね。人生を終えるときはそんな感じなんだろう。

 

立ち去るときの肩のあたりに
声にならない言葉きこえた
あなたをもっと憎みたかった
残る孤独を忘れるほどに

 

憎むことって、実はものすごいエネルギーを出すから、相手を憎める時っていうのは元気なんだよね。

人を憎める人にはむしろ活力がある。

だけど、わたしはそれができない。誰かを憎んで生きていくことができない仕様になっているらしくて、どうやらそういう機能が弱い。

憎めさえすればどんなに楽だろうって、実体験があるよ。

相手への憎しみがある限り、あなたにとって相手は近い距離にいる。

だけど相手はあなたを近く感じてはいない。だから憎しみがなかったら、ただの虚無と孤独を感じるだけ。

説明になってるかどうかわからないけど、まあすごくリアルだ、わたしには。

 

よどみない浮世の流れ
とびこめぬ弱さ責めつつ
けれど傷つく
心を持ち続けたい

 

これも非常にリアルだ。

「そうだ、そうだよ」と、妙に落ち着く。

傷つく心を持っているってことは、生きてるってことなんだから。

 

 

 

一曲通して、すべてにおいて共感するけれども、総じて実際は何のことを言っているのか明瞭ではない。

そしてマイナーで美しい曲調に、残る余韻が深すぎる。

ユーミンこんな詩を26才で書いたんだね。

そしてこのアルバムのリリースから半年後に出たのが、打って変わって大衆迎合路線の「SURF&SNOW」ってのも、今考えると驚愕する。

 

 

でね、

なんかこの曲が聴きたい時ってあるんだよ。

そういう時は落ちてる時だ。

落ちてる時は、もう、無理にアゲようとしてもムダなので、心置きなく泣いたらいい。

いっぱしのオバハンになると、「具体的に何かがあって悲しいから泣く」ということは少ないけど、涙を流すということを魂が要求している時がある。

そういう時は、この「水の影」か、賛美歌でも聴くことにしてる。

落ちるということを禁忌にしないで、泣きたいだけ泣いたらいいと思う。

 

 

またね〜!