考えるよりとりあえず売ってごらんよ

 

全国の心優しい修道女のみなさま

 

昨日、SEO地獄のあと、めっちゃ気を取り直した勢いで、

早速着手した、マイファースト陶芸。

 

嘘。

陶芸ではない。

けど、

こねて形を作り、焼き、着色する

という一連の作業が陶芸ならこれだって陶芸だよ。

 

例のホンモノの陶芸の先生との約束で、プレゼピオの前に、とりあえずアクセサリーを作ろう、

2月中にデザインを決めて、GWには何か売れるようにしよう

という段取りだが、やると決めたらわたしゃせっかち。

ゼロから教わるというのがあまりにも「待てない」。

 

そこで、我が修道院でも好きな時にオーブンで焼ける、ポリマークレイというものでやってみることにした。

 

検索したら、いろんなノウハウ動画とかブログ記事とか出てきた。

 

でも、、、、何も参考にならない。

 

それ系のは全部「ファンシー系」か「ちっちゃい系」。

造作やデザインの参考になるものは見るからず(というよりもはや見つける気にもならなかった)、

細かいテクニック的なものばっかし。

違う!わたしがやりたいのはそれじゃない。

わたしが知りたいのは、「花びらをアネモネみたくするには?」みたいな話だが、

そういうのこそ陶芸の先生に聞きゃいいんだな、と即座に悟り、、、

 

もういい!勝手にやってやる!

 

だってこんなもん、結局

こねて形を作り、焼き、着色

すりゃいいんだよ。

(と、簡単にいったところで、やったらそれなりに難しかった!)

 

 

陶芸ってやばいなと思ったのは、

「これじゃない!」と思ったら何度でも文字通りこねくり回せる。

従って、キリがない。

しかしわたしは「何か」を掴みたかった。

試しにこれ ↑ を作り、「何がしか」は掴んだ。何を改良すべきかわかった。

 

そして、わかったことは、想像していた以上に

めっちゃ手間と時間がかかる!

ということだった。

 

 

しかし、わたしは「それなりにいいじゃん」と思えるデザインで

「めっちゃいいじゃん」と思える色彩、

「めっちゃいいじゃん」と思える「仕立て」

であれば大満足なのだ。

だから「白地」で作り、好きな色を塗る。

 

わたしが作りたいのは「わたしの脳内でイメージされるわたしらしい味」があるもの。

なかなか日本で売ってないもの、だ。

それは、つくる価値があると思う。

 

 

んなことを考えながら黙々と手を動かしていたら、鏡に映った自分の顔が

子どもの顔

になっていた。

つまり振動数が上がっている。

(誰でも子どもの頃は振動数が高い。大人になるにつれ落ちていく)

ヒャッハー!

 

とかナントカ思っていたら、夕方の打ち合わせの時間を過ぎていた。

 

慌てて江ノ電に乗ったら、前のオバハン2人の会話が聞こえてきた。

どうやら「お稽古」の帰りらしい。

「窯が」とか言ってるから、お、陶芸かよ!と興味津々。

 

だけど、どうやら作品を「売る」かどうかの話で暗〜い顔をしている。

オバ1(陶芸)「売ろうにも、時給換算して考えるたら、値段はすごく高いですよね」

オバ2(ニット)「わたしは自分のは売る気はないわ。値段がつけられないもの。材料費だけだってすごいし、時給換算なんかできないわよ。自分で欲しいと思うものでもないし。だから欲しいっていう人がいたらどうぞって感じ。完全な趣味としてやってる」

オバ1「そうですよねえ、、、でもせめて材料費は欲しいですよねえ」

オバ2「ならば、ミンネとかに出すことになるのかしらねえ。やってみたら?」

オバ1「でも、金額いくらつけたらいいかわからないですよねえ、、、、高いって言われたら、、、、」

(以下、ループ)

 

 

そんなこといつまでもガタガタ考えてないで、とりあえず売ってみなはれ

とわたし聞いてて思ったけど、言えるわけないよw

ガタガタガタガタ、その人たちずっと言ってた。

 

なんで「とりあえず売ってみよう」って思わないんだろう?

誰かが「欲しい」って言ってくれるかも知れないのに。

そうなってから、やっと何かが始まるのに。

 

 

そして思うんだけど、こういう人はとても多いんじゃないかな〜。

 

で、最初に挙げた「テクニック動画」みたいな話とリンクしているような気がする。

とりあえずディテール行く人たち。

 

日本には「作れる」人がたくさんいると思う。

それも、けっこう高度で正確な技法を持っていたりもする。

わたしの言葉で言うと「ディテール主義」の人たちだ。

とりあえず細かい技を習得する人たち。

 

 

で、「ちょっとしたセンスの問題」ってあるような気がしていて

ちょっとしたことを変えれば、けっこう売れる余地があるんじゃないか、とも思う。

そういった「作ることができる」人たちが、各自それぞれ修道院を作って、

いろんなアイテム売りのネットワーク化ができたら面白いんじゃないかなと思っているけど

今日みたいな会話を聞いていると、

ブランディングの問題ではなく、マインドセットの問題で、

それは、一歩踏み出す「勇気」の問題なんだよな〜って、思った。

そういうのは、結局、その人から湧き出て来なければどうにもならなくて

「あなたの作品だってちゃんと売れますよ」と言ったところで、その人が自己否定的だったら、やっぱ結局どうしようもない。

作品が「評価される」ということに、必要以上に身構えてしまう人たちっていうのはいて、

関わってもろくなことにはならない。

 

 

 

陶芸の先生がめっちゃいいこと言ってた。

プレゼピオ作りたいって言った時、

「こういうのはさ、楽しそうな人たちがキャッキャ言いながらテキトーに作って

その楽しさが、作品に滲み出るからいいモノができるんだよね。

売ってやる!って気で作ったら、イエスの顔がビジネスマンになっちゃうよ(笑)」

その通り!って思った。

 

 

プレゼピオ検索してたらさ、こんなのを見つけて

 

あれ? これわたしがリスボンで買ったアレと同じ作家じゃないの?って、すぐわかった。

これ ↓ の一番奥のアーチのやつ。だって動物の振動数が同じだもんねwww

 

 

ま、つまり何が言いたいかというと、

わたしが目指しているのはこれだよってこと。

 

ディテールじゃない。

全体から溢れ出す振動数だ。

プレゼピオの例で言えば、「ジーザスが生まれてめっちゃ嬉しい」キャッハー感。

それが溢れ出ていることだけが大事だ。

 

わたしが作るものも

「あ、これ坂ノ下修道院のじゃない?」って、モノから出る振動数でわかってもらえるようなもの。

そーゆーのを目指したい。

てか、目指してる。

 

 

 

 

読んでくれてありがとう!

 

またね〜!