会いたいと思ってくれる人がいるのは幸せなこと あるいは、天むすが教えてくれた大切なこと

 

全国の修道女のみなさま

 

こないだのパートナーシップについての記事を読んで、速攻でセッションのお申し込みをして来てくれた方がいた。

なんと、三重県は津市から!

三重!ミエ!MIE!みえ!!!!!!!

 

そんな遠いところから、わざわざ会いに来てくれる人がいるんだ!と、めちゃくちゃ嬉しくて、

うわーーーーー、ほんとすごいなあ、いや〜〜〜〜〜すごいなあ

と感激している傍ら、

同時並行でわたしの脳内に

津!!

ピコーン!(ピンと来てる音)と鳴った。

 

 

津といえば!

ある一点にロックオンだ。

 

 

わかる?

 

 

わかった?

 

 

それは

 

 

 

天むす

 

だ!

 

 

 

そう、津といえば天むす!

 

このことを知ったのは最近(5年ぐらい前)のことである。

 

 

はっきり言って、

わたしはバカにしていた。

「名古屋の人って、なにが悲しくて天ぷらをわざわざご飯にくるむわけ?」

それが、子どものわたしが初めて「天むす」というものの存在を耳にした時の正直な反応である。

 

大人になり、「天むす美味いよ?」と、食ってみろ!と半ば強制的に食べたアレ。

 

どこが美味いのかさっぱりわからなかった。

「このセンスはわからん」。

正直なわたしは言った。

 

(いや、名古屋のみなさま、気を悪くしないでねw)

 

つまり天むすとはわたしにとって

「意味がわからなくて、まずい、名古屋の食べもの」

だった。

 

 

 

ところがだ。

 

遡ること5年前。初めての伊勢詣り。

名古屋から乗り換えた近鉄の駅構内に、それはあった。

猛烈にハラが減っていた。

「天むすか〜、、、、、、」

致し方ない。わたしはそれを買った。小さな「出店」的な売店である。

 

近鉄に乗り、包みを開け

え?

となった。

 

ち、、小さい。

そしてそこに同封されている、オレンジ色の紙に記された、お店の「能書き」。

え?

となった。

 

元祖天むすとは、名古屋のものではない!

 

 

そして、

美味い!!!!!!

 

わたしは自分45年の歴史を、天むすへの誤解とともに生きて来たことを悔いた。

 

 

その後、伊勢には二度ほど行き、その度に例の売店に寄ることになった。

一度なんか、一旦入った改札を

「すいません、天むす買い忘れたんです!」と言って出してもらった。

駅員さんの、なにも言わずにニッコリ頷いたあの顔を忘れない。

 

 

 

 

、、、、、と、ここまでの思い出が一瞬にして噴出し、

ああ、、、、この方は津から来る。

どうしよう。

初めての方なのに、いくらなんでもちょっと、その、アレ過ぎるよなあ、、、

しかし津といえば天むすである。

メールを見てから2秒間、わたしはこのことについて思い悩んだ。

3秒目に、わたしの指は

「大変厚かましいお願いなのですが、、、あの、、、実は、、もしできましたら、天むすを、、、、」

と打っていた。

全国の修道女のみなさま、わたしはそんな女だ。

欲望を我慢できない。

 

寛容なその方は、「お安い御用ですよ」と言ってくださった。

天使か?

涙が出そうになった。

 

そして、無事に

 

いただいた。

 

 

はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜幸せ!

なんと幸せなことだろう。

 

 

そして、これを読むたびに思うのである。

 

意味わかんねーわ!と思っていた天むすの由来。

 

水谷ヨネさまと旦那さまの関係はどういうものだったのだろう?

旦那さまとはどのような人だったのだろう?店には関与していなかったのだろうか?

毎日、必死で働いているヨネさまに、むしろ昼食をつくるという発想はなかったのだろうか?

旦那さまには別な仕事があり、本来はヨネさまに主婦然とした生活を望んでいたのだろうか?そこでちょっとした罪悪感を抱えたヨネさまが編み出した苦肉の策なのだろうか?

この短い文章は、いろいろな想像を掻き立ててくれる名文だ。

 

 

しかし、この短さの中で一番気づきを与えてくれるのは

「意外と美味しい」

という、衒いのない一言の持つ味わいである。

「驚くほど美味しい」ではなく「意外と」というところがミソである。

 

これ、どうにかしたら、売れるんちゃうか?

 

そんなような会話が聞こえてきそうである。津でそんな言葉遣いをするかどうかは知らない。

 

そして、ソコこそが一番大事なところで、

「いけるかもしれないから、やってみよう!」

と、ひょんなことから始まったことが、

今や「天むす」というひとつの食ジャンルにまで発展したんだ、というまぎれもない事実に、

わたしたちは大きな勇気とヒントをもらっているわけでもある。

 

ものごとなんでも、最初からうまくいくかどうかなんて、誰にもわからない。

「こんなもん売れないわ」とヨネさまが考えたなら、天むすというものは、誰にも知られない、忙しい家庭内でのテキトーな食べ物で終わった。

商売とは、そういうものだと思うのだ。

 

 

そして今や、

天むす?名古屋でしょ?

ぐらいに思われていることも、天国のヨネさまは、意外と気にしていないのではないか?

そんな風に思われる。

 

 

 

ああ、天むすについて熱く語ってしまった。

 

ごちそうさまでございました!

 

 

またね〜!