お金の取れる仕事って何だろう?

 

全国の修道女の皆さま

 

 

ここのところ修道通信が割と滞りがちなのは、

飽きたからでも、書きたいことがないからでもなく(むしろ山ほどある)

こねくり回すのにクソ忙しい

からでございますよ。

 

そう、最近のワタクシはクレイを捏ねに捏ねていて、

腱鞘炎になる勢い。

ブログに割く時間がない!

といった現状。

 

本当は、

パーソナルセッションをパワーアップするよ!

といった話とか、

6日のワークショップ来てね!

という話とかを優先すべきなんですけれども、

捏ねに捏ねる作業を一段落させないと気が済まない。

ほら、気になったら気がすむまでやらないとおさまらないタイプだから。

 

 

 

ポリマークレイ。

調合して色を作って、デザインを考えて、整形して、焼いて、磨いて、仕上げて、金具をつけるとか何かして

アクセサリーになるわけですが、まーーーーーー難しいこと。

 

手始めに作ってみたのがこのスクエアなんですけれども、

こんなの試作なのに、FBにアップした瞬間、欲しいと言ってくださる方が現れて

わーーーーい!

と、その時はめっちゃ嬉しかったものの、

やっぱこんなのじゃ絶対お金なんか取れない!(取っちゃいけない)

趣味のオバハンのレベルにすら到達していないものを

いくら地元の知り合いだからといって、差し出すなんてもってのほかじゃねーか!

と怒りを感じ(何に?)

陶芸家なら「ガッシャーン」のレベルだけど、まあ、ポリマークレイ は割れないw

「記念に差し上げます」というのもダメだ。

なぜならわたしはアクセサリーを作って提供し、お金をいただいている身だから。

クオリティが満たない、と自分でわかっているものを人さまに出すということは言語道断だと思うに至ったわけでございます。

自分でそう思っていなければ、つまり自分として「価値がある」と思えれば、まったく問題ではないと思う。

でも自分が「ダメでしょこんなもん」と一度でも思ってしまえば、

それはやっぱり世に出すべきでないのは当たり前。

それはブランド云々という以前に、作り手としての信用問題に関わる。

「差し上げます」なら、自分で納得いっているものをプレゼントしたくてするものでしょ。

 

たとえ「立派な金額」をつけられるレベルに達していないとしても、

最低限度の「お金の取れる作品」を自分は目指すべきであって、甘えるべきではないんだよね。

そう、「お金の取れる仕事」って何だろう?って、考えるのはすごく有意義なことだと思います。

 

そーゆーわけで、とっととやり直すことにした。

 

また捏ねに捏ねるところから。

ふむ。

色は、前よりよくなった。

まっすぐスライスするコツもわかった。

ポリッシュする工具も揃えた。

だから全体的な仕上げに関しては良くなるだろう。

だけど、なんか、違う。違うというより「満たない」と感じた。

 

そこでひらめきましたのが、

箔をつける

だよ。

 

銀箔。

ただでさえヒラヒラしてる上に、クルクルしちゃうから、うまく貼るのは相当難しいということを知った。

金沢とかの職人さんたちの凄まじさを肌で理解することになったわw

 

 

というわけで、明日は焼きまーす。楽しみ!

うまくいきますように!

 

 

読んでくれてありがとう!

 

またね〜!