粋な大人たち

 

全国の聖母の皆さま

 

 

今日ね、昔の会社の先輩がやってるお店の周年パーティに行ったんだけど、

懐かしい顔ぶれの中で、わたしは最年少。

もはやその状況ってレアよ。

 

そして、あーこの人たち素敵だなーと思った。

みんな優しいんだよ。

 

 

別にいつもコンタクトしてるわけじゃないから、先輩たちは修道院のことなんか知らない。

わたしがアクセサリー作って売ってることなんか知らないわけよね。

で、いくつか持ってたから見せたら、買ってくれた人がいたんだけど、

そーゆー時ってさ、たいていこう言う人っているじゃない?

「安くしなさいよ」とか「割り引いてくれるの?」とか。

 

いや、わたしとしてはさ、昔さんざんお世話になった人たちだよ、

オマケ価格にすることなんか、ちっとも嫌じゃないのよ。

それどころか、ちょっとした恩返しだとすら思ったから

「引くよー」って言ったらさ、

「みんな儲かってるんだからむしろ高く売りなよ」とか

「割り引いちゃダメだよ」とか。

誰ひとり「安くしなさいよ」みたいなことは言わなかった。

そして、これはいつもだけど、この人たちは誰ひとりとして

先輩風を吹かすようなのはいない。

 

さらっとした流れだったけど、それって実はそんなに「当たり前」の光景じゃーないよ。

 

 

その会社にいた頃は、遊びに行ってるようなもんだった。

どこまでが仕事で、どうからが遊びかまったくわかんないような仕事だったし、

会社のノリも、一部の部署を除いては、熾烈な数字獲得を目指す!って風でもなかった。

「生産性こそが正義だ」みたいな時代でもなかった。

そんな中でわたしは、

新入社員の当時から、ほぼ毎日が遅刻。

だって毎朝決まった時間に起きられないし、混んでる電車にうんざりだったんだもん。

そしてとっても生意気で(基本設定が生意気)、

バカとしてのポジションを欲しいままにしていた

(入社してくる社員の偏差値が高すぎてバランスが悪いから、どの代にも必ず「バカ枠」みたいな人が少数派としていた。

わたしはまさにそこだったよ!)

けれども

みんなすごく可愛がってくれた。

 

3年ぐらいで離脱したけど、そしてその後は長らく交流もしなかったけど

ほぼ30年音沙汰なしで経っても、そーゆー寛容さはな〜〜んにも変わっていない

今でも何やかや、会えば世話を焼いてくれる優しい人たち。

 

世の中そんな環境ばっかじゃない、とゆーことをたくさん知った「その後」を経たら

そんなありがたさや、そんな環境で隠すことなく「バカ然」としていられたラッキー感をしみじみと感じる。

時代もあると思うけど、社風はもっと大きな要素だと思う。

ま、つくづくラッキーなんだよ、あたしは。

 

 

そして、退社後初めて会う人で

「この人、時を止める魔法でも使ってるんじゃないの?」と本気で思うぐらい

一切老けてない先輩とか

むしろますます美貌に磨きがかかってる先輩とか、一体なんなんだ!と思う。

そして、「普通」ならそーゆー時の定番的に

「今なにやってるの?」とかの、割とどーでもいい近況情報とかはぶっ飛ばして

ワイワイできるような関係性って、ものすごく貴重だよな〜って思った。

 

 

要するにわたしはラッキーなんだよ。つまり。

ありがたいよ。

 

 

しみじみしている春の夜。

 

 

読んでくれてありがとう!

またね〜!