社会通念からはできるだけ離れること

 

全国の聖母の皆さま

 

 

こんな話題より先にイイコトいっぱい書きたいんだけどw

靴問題。

 

昨日、青山界隈で、

ピシッとヒールを履いた女たちが闊歩している姿を見て

「う〜ん、やっぱ、こういう人たちがいるのはいいな」と思いましたよ。

鎌倉なんか、そんな人いなさすぎて、時々つまんないと思うから。

カジュアルはいいけど、時にはピシッとできる、てのがいい。

 

そんな折。

 

根本匠・厚労相が「#KuToo」運動に否定的な見解。ハイヒールやパンプスの義務付けは「社会通念に照らして業務上必要な範囲か」(実際の質疑応答)

 

ま、ちょっと、そりゃあ思うところ大アリクイですよ。

 

わたしは修道院を通じて

女はいつでも、いつまでも、いついつまでも

ファッショナブルでありましょう

ということを提案しているつもり。

それはすなわち、

女として現役であることを忘れないで!

と言いたいがためでございます。

 

それで、この話題の前に、わたしが「由々しき事案」だと思っている

オバハンのチュニック問題

について書こうと思っていましたよ。

 

だけど、

緊急的に、

靴問題。

 

さんざん父親から

「お前はイメルダか!」と言われ続けた靴好きのわたしにとって、

看過できない話でございますよ。

 

 

パンプスを「強制」する会社があるそうで。

それを「社会通念的に業務上必要」とイミフな見解を述べた68歳の男性がいらっしゃると。

あと2年で古希のお祝いですね。

あ、厚生労働大臣というお立場。

社会通念で考えますと、むしろお家でお孫ちゃんと戯れていたいお年頃でしょうが、いまだ現役とは、恐れ入ります。

老害生涯現役のいいお手本ですね!そうありたいものです(自動音声)。

 

厚生労働省というところは、

国民の「労働」関係と「健康」関係をアレするところ。

女性のパンプスに限らず、おっさんの、クソ暑いのに「スーツ着用」なども

社会通念に照らし合わせると、業務上必要

だという判断なのでしょうね。

その結果、夏の社内や通勤電車をキンキンに冷やし、

手足が冷えてしまう女性が生理不順になったり、不妊だけじゃなくて万病引き起こされても、それは社会通念上致し方のないことだったりするんでしょうね。

社会通念上、健康は「自己管理が全て」なのですからね。

 

特にこの10年ぐらいは、男性のスーツも、とーってもお安いものが標準となっていますから

仮にサラリーがなかなか伸び悩む方々でも、とりあえずはみんなお揃いの暗い色で安もんの良心的な価格のスーツを着用でき、

社会通念に照らし合わせた業務にあたっていらっしゃいますね。

クリーニングに出さなくても、汗の匂いを防ぐ新素材などもどんどん開発されていますし、

社会通念に照らし合わせた業務上、まったく問題ないでしょう。

ヨレヨレでツルツルのスーツをむさ苦しくお召しになった方よりも、

季節に合わせた無理のない爽やかな服装をされていらっしゃる方のほうが信用できる

な〜んて思うのは、非常識なわたしぐらいなものでしょうから。

 

ああ、

社会通念上!

 

なんと厳かなこの響き。

ものすごく立派で、ものすごく厳粛で、ものすごくマトモな感じがいたします。

わたしなんか、近寄り難過ぎて。

だから、むしろ近寄らない。

わたしのような者にはご縁がある言葉だとは思えません。

 

 

ただ、そんな素敵な社会通念を、必死で守ってきた先に

今のこの国のテイタラク

があるのでございますね。

 

テイタラクって、カタカナで書くと、なんかイケてるコンサルとかが使う素敵な用語みたいに聞こえます。

一昔前のネット用語みたいな匂いもします。

社会通念上、「インタラクティブなコミュニケーション」が大事だとしきりに言われていた時代もありました。

そういや最近ではめっきり聞くことはなくなりました。一方向で十分ですからね。

 

そして、そんな社会通念に照らし合わせた判断ばっかりしてきたので

もう「先進的なもの」は、この国からまったく生まれなくなってしまいましたけれども、

社会通念を守る人は優秀なんですから、社会通念を守れない人を排除したって、業務上まったく問題ないでしょう。

むしろ排除することが、社会通念に照らし合わせた業務だとも言えます。

 

 

この話で思い出したのですが、

ワタクシ、新入社員の時でした。つまり1990年ですね。

ま、今思うと自分でも軽くウケますが、

ある夏の日、ビーサンで会社に行ったのです。

はっきり言って、あまり何も考えていませんでしたよ?

このクソ暑いのに会社とか、バカバカしい!(海で寝てたいよ)って思っていたので、

かわいいビーサンを買ったから、気分をアゲようとしたことは間違いないです。

言っておきますけど、そのビーサンは、当時の価格で数千円しましたよ。

結構なもんですよ。

この辺(海辺の界隈)用のではなく、いわば「ビーサン界のハイヒール」だったのです。

6センチぐらいのね。

 

さらに言っておきますけど、

勤めていた会社は、丸の内でもなければ内幸町でも銀座でもありませんよ。

渋谷センター街

を抜けた先の、飲み屋の雑居ビルとかが並ぶ中の、

1階はゲーセン

であるようなビルの上の3とか4フロアが「本部」でした。

当時、夏の朝のセンター街の、いたたまれない臭さって、わかります?

 

しかもその会社は、

銀行でもなければ、生命保険屋でもありませんでしたよ。

むしろ、

「オルタナティブな価値観」

といったクリエイティブで先進的なイメージを売りにしている

ファッションビルテナント業でしたよ。

 

いろんな変なおもしろい人たちが集まっている会社でした。

社員は、クライアントとの「交渉ごと」などを業務とする部署以外は、いろんなカッコしてました。

 

そしたらおっかない人事のオバハンが来て、学校の先生みたいな人だったんですけど、

「ちょっと来なさい」と。

はあ?みたいな気持ちで悪びれもせず、出向くと

「あなた会社にサンダルって、どういうこと?」

と言って、怒ってる。

めっちゃ怒ってる。

わたしは、「前述のような会社のスタイル」からいって

「そんなに怒るようなことなのかな〜」って、

怒られながら、思っていました。

ていうか、たぶん、言ったと思います。

そんな激怒するような話なんですか?って。

 

その時返ってきたセリフが忘れられない。

「あなたね、この会社は一部上場ですよ?自覚が足りない!」

あ、そうなんだ、、、、

とわたしは素直に思ったものの、自覚って何?

正直、本気でわからなかった。

「非常識にもほどがあります」とかなんとか、あらゆるお叱りを吐き出されたけれど

ビビるとか、悲しいとか、反省とか

そういうものは微塵もなく

「この人何を守りたいんだろう?」

「この人、幸せなのかなあ」と思いながら聞いていました。

 

「一部上場企業ですよ!」って言った、あの「特別感」。

それがまったくわたしには、わからなかった。

ちなみに、わたしの祖父は、一部上場企業の経営者で、

父も一部上場企業である放送局に勤務していました。

だから「それ普通」だった。

そんな(どんな?)自覚を持ちなさいと、家で教育されたこともなかったし。

自覚は足りないどころか、むしろゼロ以下でしかなかったわけだけれど

どんな自覚を持てばいいのか、やっぱりわからなかった。

二部上場だったらそれでも良かったのか、

非上場だったら良かったのか、

中小零細企業だったら良かったのか、

町のタバコ屋だったらオッケーなことは間違いなかろうけど。。。。

つまりわたしは、その日

社会通念に照らし合わせて、業務上必要な靴を履いていなかった

というだけのことなんだけれど、

「わたしの通念に照らし合わせた業務上」、ビーサンではまずい、と思ったら

そんなものは履いて行かなかった。

その日は特に、外に出るでもなく、机でワープロ叩いてりゃ済むような日だったから、

別にいいじゃんと思っただけだった。

わたしは単にあのクッソ汚いセンター街を通るのに、きれいきれいなかっこをして行きたくない、「大学を出たばかりの子」だった。

 

靴は大好きだから、いーーーーーーっぱい持ってる。

社会通念に照らし合わせて、小洒落たレストランでデートするような、つまり業務上必要な時には、パンプスもヒールも履くけれど、

雑然としたきったねーオフィス(ほんとだよ)には、履いて行きたくなかった。

動きにくかったしね。

 

人事の人はわたしを嫌っていたんだと思う。

バカだったし、後からズルして入社したからね(笑)

今となってはエヘヘでしかないような話。

でもやっぱり、「社会ってバカバカしい」「大人はバカ」って思わせるに十分な出来事でした。

 

 

それで、十分オトナになった今のわたしが言いたいのは、

とにかく、パンプスは強制されたりする話ではないし、

好きで履くならイイ、嫌いだったり、似合わないなら履かなくていい。

ましてや苦痛なら今すぐやめろ。

でも「みんなスニーカーにしましょう!」とかもだめ。

「みんなで」とかはダメなのです。

すべての強制、すべてのルール化、義務付けは意味がない。

 

その人が好きな靴を履けばいい。

そして、みんな

センスを磨けばいい。

パンプスを履いていることで信用されるケースもあれば

パンプスじゃないことで信用されるケースもある。

要するに、女は魅力的に見えることだけが大事だと思うのです。

「似合っている」なら、魅力的です。

義務付けられるような話ではございません。

 

 

ま、そもそも言いますと、

こんなしょーーもない「社会のネタ」に、食いついてはいけないのです。

これを取り上げた時点で、「わたしの負け」です。

本当は関心を持ちたくもない。

怒ったり、ヒステリックになるような話ではないのです。

 

ただ、

「社会通念上」

という言葉が出たから、

そんなものは、人を縛りこそすれ、実際はな〜〜〜んの意味もないよ

ということだけが言いたかっただけのことでございます。

社会通念に従っていたら絶対幸せになんかなれません。

そんなものは変わるし、実体がないからです。

 

 

読んでくれてありがとう!

 

またねー!