戦略的不幸と共振理論

 

いやーー、そりゃあさー

昔の「苦しかった自分」とかの話をした方が

そりゃ引きは強いと思うよ。

 

あー、そんな苦しい思いをしてたんだね、ウンウン、、、って

人は共感したりするものだから。

 

だけどさー、終わった話を何度も何度もするってさ

その度に、「過去のその時点」に、思考を持ってくってことだよねえ?

 

わたしにはなかなか難しいんだよ、これが。

そのスキルがないんだよ。

 

終わったこと=済んだ話

 

忘れちゃうんだよねえ、、、、

 

ある時、何かのきっかけがあれば

ブワッと浮上することがあるかもしれないけれども

わたしのバーイ、それは

ごく稀

なんだよねえ。

 

 

あとねー、これは小さい頃から

ズーーーーーーーーーーーーっと思ってることだけど

人はかわいそうな話には共感?感動?共振?

するんだよ。

 

 

考えてみて!

 

「わたしの育った家は貧乏でした」

えーかわいそう!(自動的に心を寄せるモードに入る)

「わたしの育った家はリッチでした」

あ、そう!さよか!(自動的に知ったこっちゃねえモードに入る)

 

 

<Aさんの話>

わたしは非常に貧乏な家に育ちましたが、頑張って、努力して、成功して、ようやくメルセデスを買えるまでになったのです。自分を褒めてあげたくなりました。

ある日そのメルセデスが、心ない人に傷だらけにされたのです。

(えーーーーーーー!許せない!そんなことするなんて!)

 

<Bさんの話>

わたしはリッチな家に育ち、免許を取ったら父親がメルセデスを買ってくれました。好きな色を選んでいいよって言われて、特注のピンクにしました。納車までに半年以上待たなければなりませんでした。

ある日そのメルセデスが、心ない人に傷だらけにされたのです。

(ほらね!楽して得たものなんて、そんな目に遭うんだよ!)

 

 

まあ、人の心理って、そんなもんなんじゃないの?

だけど、両者とも「大切なメルセデス」で、

それを傷だらけにするような愉快犯がいる

ってゆー単純な話なんだよね。

そんで、

愉快犯にとっちゃ、「メルセデスはメルセデス」だってことなんだよWWWWW

苦労して買おうが、楽して買おうが、

見えている物体が「金持ちの象徴」でさ、

このヤロー!的に「いたずら」という犯罪を犯すのは「嫉妬心」的なものだわね。

 

多くの人は、「Bさんの悲しみ」については、割と冷淡なんじゃないかしらね?

それもまた、嫉妬心だあね。

 

ちなみにわたしはAさんでもBさんでもないよ〜〜〜

ただCさんとして世の中を眺めているだけ。

 

 

やばい。

だから何ってオチはないw

 

 

強いて言うなら、

自分が「かわいそうな人」である方が、共感は得られやすいって

本能的に考える人もいるよねっつーこと。

これを「戦略的不幸」とわたしは呼んでいるのw

 

「戦略的不幸」でいると、

人に共感してもらうには、「いつも不幸じゃないといけない」ってゆー

過酷な現実と抱き合わせだから、

実はあんまり効率良くないのよねWWWWW

だって、幸せになったら共感者は離れて行っちゃうじゃん。

あははーーー、坂ノ下総研の共振理論よ、これ。

 

 

 

だからあんまり共感とか求めてもしゃーないわよw

(強いてのオチはそれ)

 

 

ぶわははーーーーーー

 

 

 

読んでくれてありがとう!

 

またね〜!