つねづね言っているけれど修道院では政治の話はしないって決めている、の巻。

 

昨日たまたまニュース見たら

ジャニーズ事務所の「圧力」とメディア側の「忖度」問題

例の公取委の「注意」だか「指導」だかの件やっててさー

キャスターがもっともらしい顔して

「我々放送の現場も、過剰な忖度をしていないか襟を正す必要があると自戒します」

とかなんとかいった様相のコメント(全く意味ねーだろwwww)をして

超ウケたんだけど、

そのまま見てたら選挙の話、各党の動き、みたいなことやてったんだけど

最後まで「れいわ」の存在はガン無視して番組は終わり、そんな政党は存在してないのか?

めちゃくちゃ過剰な忖度がされているわけなんだけどWWWWWW

 

 

ってさ、

わたし、つねづね言っているけれど修道院では政治の話はしない、って決めているの。

なぜかというと、

政治の話は単に政治(政局)の話で済まないからよ。

表面に出てくるニュースなんて、まあ、あの、、、まあ、まあ、まあ、よ。

 

「今ある世界の仕組み」のことを考えると、

誰もに報じられているあれこれなんかは本当に、まあ、まあまあまあ、、、

な訳で、そこに一喜一憂することが、まあ、まあまあまあまあ、、、だと思っているの。

ただすっごく単純に言うと

「支配する側」と「される側」がいるだけで、

わたしたちから見えている「支配する側」だって、「でっかい仕組み」の中では「される側」なんだってば。

 

で、この話を具体的にするのがいやだ。

理由はめんどくさいから。

その話を始めたら、修道通信はそれだけを伝えるツール、ぐらいのもんになっちゃうだろう、

そしてわたしにはその熱量がない。意欲もない。

それと、そんなことは、「わたしの話を聞いて!」って言うよりも

みんなが考えたらいい、というか、

そんなもん調べる気になったらどこまでだって調べられるんだから

みんなそれぞれ勝手に「知る」ことに真剣になればいいとも思ってた。

今も思ってる。

みんな信じたいものを勝手に信じればいいさ、

ぐらいの、正直投げやりな気持ちがわたしの中にはある。

だって最後は「自分」だもん。信じるのは。人の言ってることじゃないもん。

だからそれよりわたしが「好き」なもの、好きな人、好きな考え、好きな事象

についてを、気分良く書くことに決めたのよ。

 

 

わたし、こう見えても(どう見えてるの?)昔から実は社会派なのよ。

卒業したら、本当は報道記者か社会派雑誌の編集者になりたかった。

体力がないから新聞は無理だと思っていた。

それで一番いきたかった文藝春秋に、最終面接で落とされたのよ。2人残って採用はわたし以外だった。

むちゃくちゃ挫折感を味わった。自分の脇の甘さと幼稚さを呪った。

グレてやるー!って思った。

そしてその経験によって「これからは一切努力をしない」って決めたのよ。

今となっては、まあ、そんなとこ行かなくてよかったんだけどさ。

 

ほとんど社会派ってゆーのはある種の「正義感」から発生するわけなんだけどさ、

表面化するあらゆる社会問題についてさ

「なんで?」って考えていくと、そんな単純じゃない構造だってことに気づくわけよ。

その構造もさ「え、なんで?」、さらに「なんで?」で進んでいくとさ

ある時、点と点はつながっていくのよね。

でさ「正義」ってなんなのかしらって思うようになるよ。

そーしていわゆる「陰謀論」、ていうのかしら?正直この定義すらよくわからないんだけど、

(「みみっちい陰謀」の話なんかどうでもいい)

みたいなもんの信ぴょう性も判断つくようになるわけよね。

だいたいさー、「連邦準備銀行」なんて私有物だよ、なんて言っても

10年前まで「またまたそんな陰謀論w」みたいな話だったじゃん。

「通貨発行権」なんてものはさー、と言ってもね、誰も信じやしなかった。

「種の危険性」だってそうだよ。「そのうち勝手に家庭菜園もできなくなるよ」って言った時にはさ、「またまたそんな・・・」だよ。

それが今ではどうよ?

 

ちなみにわたしは陰謀論がネガティブだなんて、考えたことないな。

根本的な世の中の仕組みが知りたいだけなんだから。

何が、何に、どう関わっているのか、という話ね。

それらは一見途方もない。でも注意深く見てりゃ繋がるんだよね。

結局のところ、子供の頃から、「世界ってなんなのか」を知りたかっただけだから

ほら、「人ってどうせ死ぬのに何を頑張ればいいわけ?」って思ってるような子供だったから

それが「陰謀」でも「スピ」でも「宇宙」でも「哲学」でも

要するに何なわけ?

にしか興味がないと言っても過言ではなかった。

それで、そんなことは、それなりに集中して一定の濃度で深掘りして調べたりしていけば

たいてい、おんなじところまでたどり着くのよ。

「はっは〜、そうか、そういうことね」という場所に。

その中に、「国」も「人種」も「宗教」も「経済」も「政治」も「戦争」も「金融」も「血筋」も「産業」も「格差」も、そして「古代文明」までもが、まあ一本か二本の糸なわけよね。

ま、要するに全部だいたい、まあそういうことなのよね。

歴史ってそういうことなのよ。

 

 

でね、超古代はさておき現実的に世界の諸問題なんだけど、「所有」って何なのかしらね?って

結局さ、みんな「所有できる」っていう勘違いからすべて発生してるじゃない。

その最たるものが「土地」じゃないかしらね。

だってさ、そもそも土地って地面でしょう?

地面てさー、地球でしょう?

でさー地球って、言ってみたら人類の共有財産で「タダ」でしょう。

土地購入っていうけど、それって地球のパーツを「買った」と見せかけてるけど、

いやそんなもん買えないでしょう、誰のもんでもないんだから本来は。

「ここはうちの土地。あそこは誰々さんの土地」って、、、えっそれ地球でしょう?って、子供のとき単純に思わなかった?

婚姻制度だってさー、

人は誰のものでもないのに、つまりは「所有権」みたいな話じゃん。

 

・・・・まあ、いいや。めんどくさいの。

 

 

 

でもね、若い人はすごい!と思った。

めんどくさい話を、選挙に向けて連載で書いてる人がいるよ。

すごい熱量を持っている人がいる。

ケシーちゃんだよ。

どんな人にもわかりやすいこの記事は個人的にはすごいキモだと思っている。

③ ”利益を追求”する、経営者の苦しみと正義

いやーーーこの「熱量」って、すごいと思う。

こういうのってさ、優秀だから書けるってことじゃない。

伝えたいという熱量がなければ書こうと思わないもの。

 

彼女独特の表現特性が、全ての人にフィットするかしないかはわからないけれど

でも読む全ての人に伝えたいと思って書いているだろうことは、全ての行間に滲んでいる。

そこに敬意を払いたい。みんな一読して理解したらいいと思う。

 

 

わたしは、すべての人に理解してもらおうという意欲はそもそも持っていないし

いつも記事も書きながらめんどくさくなって途中で端折ってるから、わたしが思ってるよりはるかに伝わってる率が低いことも知ってるw

でもね、言いたいことはただひとつで

繰り返すけど、

「支配する側」と「される側」がいるだけで、

わたしたちから見えている「支配する側」だって、「でっかい仕組み」の中では「される側」なんだってば。

ということ。

だから事象に一喜一憂しない。

で、みんながこのゲームを降りれば全部終わる。

だからゲームの仕組みを知ることが大事、ってことだな。

 

なので、知ることを放棄している人には、過剰な忖度をする人と同じぐらいに腹が立ちます。

(すごく正直に言いました)

 

あなたの思う政党が勝つかどうかはわからない。

でも負けたからって、それも大したことではない。

動き始めているものがあるってことだけは朗報だと思うよ。

 

 

読んでくれてありがとう!

またね〜!